<書評>『声と文字の人類学』出口顯(あきら) 著

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声と文字の人類学

『声と文字の人類学』

著者
出口 顯 [著]
出版社
NHK出版
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784140912843
発売日
2024/03/25
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『声と文字の人類学』出口顯(あきら) 著

[レビュアー] 土井礼一郎(歌人)

◆寄り添いながらも変容

 昭和末年生まれの私は「若者の活字離れ」と叱(しか)られながら大人になった。本の売れない時代なのは今も変わらないが、一方で、人々が四六時中インターネットに接し、電車に乗れば乗客のほとんどがスマートフォンをのぞき込んでいるという状況になると、活字離れは人類史上もっとも「文字」に接する時代への通過点だったのかと思えてくる。

 人の歴史に文字が登場したことで、思考や文化にどのような影響がおこったのか、さまざまな研究や事例を紹介するのが本書である。文字やそれを載せる媒体も、常に人類と寄り添いながら変化を続けたことが見えてくる。人々の読む文字が近年、紙からネットへと大きく移行し、それがまた生活のあり方を大きく変容させたような局面が、実はこれまでもたびたび繰り返されてきたらしい。

 評者が驚いたのは人が文字を読むとき、黙読するか、音読するかという問題。印刷術の登場以前の西欧の古代・中世では、主に人の手で書き写された写本を通じ書物が受容されたが、これはすべての単語の間が詰められた状態で書き写されたため、読書の際は声に出して単語の切れ目を確認しながら読むものであったという。一方、日本でも明治期に流行した新聞縦覧所では、多くの人が声に出しながら記事を読み、またその記事に対する見解をも発話していたという。さながらネット上のニュースサイトのように議論に発展したこともあった。声から発展して登場したと思われがちな文字も、実は声に依存しながら存在してきたのである。

 改訂をするたびに読者からの情報を加え大著へと成長したフレイザーの『金枝篇(へん)』、あるいは『平家物語』にみられる文字と声(語り)の相互関係等々の例をも通じ、はっきりとさせられるのは、声から文字が発展していくという思い込みはもはや成立せず、文字も、それが書かれた書物さえも変容しうるということだ。こんなにも不安定な土台の上でずっとモノを書いてきたのだと思い知らされる一冊だった。

(NHKブックス・1760円)

1957年生まれ。島根大名誉教授・文化人類学。著書『神話論理の思想』など。

◆もう一冊

『ほんとうの構造主義 言語・権力・主体』出口顯著(NHKブックス)

中日新聞 東京新聞
2024年5月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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