<書評>『裏日本的 くらい・つらい・おもい・みたい』正津勉(しょうづべん) 著

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裏日本的

『裏日本的』

著者
正津勉 [著]/正津勉 [著]
出版社
作品社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784861829796
発売日
2023/05/23
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『裏日本的 くらい・つらい・おもい・みたい』正津勉(しょうづべん) 著

[レビュアー] 土井礼一郎(歌人)

◆消されたものへのレクイエム

 「ここに小著はこの準禁止語をして表題とする」と前書きにはある。著者は終戦の年、現在の福井県大野市に生まれている。少年時代には普通にみられた「裏日本」という語の使用が、一九六〇年ころから激減したと語っている。しかし、書名は『裏日本』ではなく『裏日本的』。どうやらこの「的」がポイントのように思われる。

 本書では、若狭、越前、奥越、白山、能登、立山、北越と徐々に北上しつつ、その土地その土地を舞台とした文学作品を引用し、あるいは各々の作者の境遇に思いを馳(は)せる。どこまでも平地の続く茨城県に生まれてしまった評者にとって、裏日本といえば冷たい日本海と豪雪のイメージ(本書の副題にいうところの「くらい・つらい・おもい」)と並んで、峻険(しゅんけん)な山々へのあこがれもぬぐいがたくあるのだが、たとえば本書における山にかかわるエピソードだけをひろってみてもおもしろい。彼らは皆、副題にある「みたい」に情熱を傾ける。十五歳で白山に初めて登り、以来五十年の登山経験をもって名作『日本百名山』を書き上げた深田久弥、案内者に背負われながら立山の「鳶(とんび)山崩れ」を目のあたりにし、それを「崩壊というものの本源の姿」と表現した幸田文、新聞記者として赴任した富山で立山連峰に魅せられ、人生観・自然観の変化を実感しながら永住を決意した俳人・前田普羅……。

 ところどころに明かされていく著者自身の思い出も、独特の語り口とあいまって楽しませてくれる。しかしながら、こうして過去の裏日本が執拗(しつよう)に語られる本書を読み通すうち、著者が抱いているらしい今日の旧「裏日本」地域への悔しさも、不思議と浮かび上がってくるようである。裏日本は、もう「裏日本的」というイメージとしてしか語りえない過去のものになってしまったということか。「表」に準じた発展を余儀なくされ、消されていった「くらい・つらい・おもい・みたい」ほんとうの裏日本への壮大なレクイエムともいえる一冊である。

(作品社・2970円)

1945年生まれ。詩人・文筆家。詩集『惨事』、評伝『つげ義春』。

◆もう1冊

正津勉著『奥越奥話』(アーツアンドクラフツ)。「裏日本的」人生の悲喜を詩と文に綴(つづ)る。

中日新聞 東京新聞
2023年7月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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