「可愛くて胸の大きな」女性店員を勝手に撮影してSNSに投稿した男を待っていた復讐劇…「うまくいかない現実」に翼を与える柚木麻子の作品

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あいにくあんたのためじゃない

『あいにくあんたのためじゃない』

著者
柚木 麻子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103355335
発売日
2024/03/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「可愛くて胸の大きな」女性店員を勝手に撮影してSNSに投稿した男を待っていた復讐劇…「うまくいかない現実」に翼を与える柚木麻子の作品

[レビュアー] 新井見枝香(元書店員、エッセイスト、踊り子)


新井見枝香さん

私は、あいにくあなたのために生きているわけじゃない。

作家・柚木麻子さんの新刊『あいにくあんたのためじゃない』は、タイトルに込められたテーマが通底する6編からなる短編集だ。他人からのラベリングをはね返し、その先につながる道を見つけてゆく登場人物たちが織り成す物語は刺激的ですらあり、「王様のブランチ」(TBS)をはじめとしたメディアでも話題になっている。

特に、ラーメン評論家が描かれた「めんや 評論家おことわり」は、マンガ版がXで紹介されると、総表示回数1000万回を超えた。

本書を読んだ元書店員で踊り子・エッセイストの新井見枝香さんは、たとえ一般人でも、大きな影響力や拡散力を持つような時代になったという観点から、「めんや 評論家おことわり」を語っている。一般人でも他人を容易に傷付けることができ、その人生すら狂わせることもある現代の復讐劇とは。新井さんに解説していただいた。

■一般人でも大きな影響力・拡散力を持つようになった時代の復讐劇


“可愛い”って褒めたつもりでも…(コミック版『あいにくあんたのためじゃない』原作・柚木麻子、漫画・もりとおる)

簡単に謝ってもらっちゃぁ、困るのである。「ごめんで済むなら警察はいらない」という言葉があるくらいだ。口先だけなら何とでも言える。たとえ土下座されても、1円にもならないし、当然傷付いた心は元には戻らない。失った時間も、巻き戻らない。じゃあどうして欲しいのかと言えば、同じくらい、傷付いて欲しい。自分が何をしでかしたのかをきちんと理解して、心から反省して欲しい。一生、己の愚かさを呪って、後悔して欲しい。それを復讐と呼ぶなら、バファリン並みにやさしさの成分でできているよ、彼らの復讐って。

本書の「めんや 評論家おことわり」は、あるラーメン評論家に傷付けられた人々の物語だ。

「中華そば のぞみ」は、創業50周年にして、仏ミシュラン二つ星のラーメン屋で、メニューはオーソドックスな中華そばと餃子、ライスのみ。特別なことと言えば、「ラーメン評論家の入店おことわり」という噂があるくらいだ。実際、二代目の女性店主はインタビューで、著名なラーメン愛好家や評論家による迷惑行為があったことを明かしている。

ブログやSNSでカリスマ的人気を誇るラーメン愛好家・評論家は、たとえ一般人でも、本を出版したり、メディアに出演したりと、大きな影響力や拡散力を持っている。しかし「ラーメン武士」を名乗る男・佐橋はその発言の毒が過ぎ、彼が叩いた「中華そば のぞみ」に注目が集まるにつれ、ラーメン評論家としての立場が怪しくなっていった。そして噂通り、同店に入店を拒否される。

佐橋は、過去の所業について、ネット上で謝罪をした。店員やお客の写真を、コメントを付けて許可なく掲載し、彼らを傷付けたことについてだ。悪気はなかった、と言い訳を添えて。そうすれば、他のラーメン愛好家・評論家同様、入店を許されるだろうという目算があった。彼はラーメンが大好きなのである。特に、先代の時代から通った「中華そば のぞみ」のラーメンを、もう一度食べたかった。しかし、今さら謝罪をしたところで、ネットに出回った写真は消せない。

店員の胸を強調する角度で撮影した写真を「日本一可愛い」超胸の大きなラーメン屋店員として無許可で投稿したら、何が起きるか。暇を持て余したバカどもに拡散され、知らぬうちに超有名人となった女性店員は、自分がネットで叩かれていることを知る。そればかりか、店にストーカーまがいが詰め掛け、仕事を続けられなくなる。

乳飲み子を小脇に抱えた母親が必死の形相でラーメンを啜る隠し撮り画像を、悪意に満ちたコメントとともに拡散したらどうなるか。彼女は育児に疲弊し、大好きなラーメンをどうしても食べたくなったが、まわりに迷惑をかけてはいけないと、大急ぎで食べていただけである。母親としてどうか、などと尤もらしい批判が殺到し、外もまともに歩けなくなり、子供までもが、ばか親に育てられたかわいそうな赤ん坊と呼ばれる。

佐橋は、彼女たちがその後の人生でどんな目に遭うのか、想像ができなかった。ラーメンを愛する彼女たちは心に深い傷を負い、人生を捻じ曲げられ、大好きなラーメンすら取り上げられたのだ。

新潮社
2024年5月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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