「ドラキュラ」好きにはたまらない!誕生秘話を立体的に描く長編小説

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シャドウプレイ

『シャドウプレイ』

著者
ジョセフ・オコーナー [著]/栩木 伸明 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488011345
発売日
2024/05/11
価格
3,520円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「ドラキュラ」好きにはたまらない!誕生秘話を立体的に描く長編小説

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 江戸川乱歩、マルセル・シュオッブ、スティーヴン・キングなどなど、錚々たる小説家が題材にしている吸血鬼。ジョセフ・オコーナーの『シャドウプレイ』は、その古典的名作として知られるブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』がどのように生まれたのかを、史実に想像を加味して描いた長篇小説になっている。

 事の起こりは1878年、アイルランドの首都ダブリンで役所勤めをしていたストーカーが、当時の名優ヘンリー・アーヴィングにスカウトされ、妻を伴ってロンドンへ移住したこと。ライシアム劇場の支配人を任されるものの、座長のアーヴィングは尊大で人の言うことにまったく耳を貸さないわ、古い劇場の補修で経費はかさむわ、若い役者やスタッフの世話をしなきゃならないわで疲労困憊。ダブリンにいた頃から志してきた物書きの仕事もままならないほど、演劇人としての仕事に忙殺される様子がまずは描かれていく。

 そんな二十数年を送る中、生前は評価されなかった『吸血鬼ドラキュラ』はいかに着想され、いかに書かれたのか。作者のオコーナーは、天才ゆえの傲慢さをまとったアーヴィングをはじめとする人々との交流や、史実をもとにしたストーカーが体験もしくは見聞した出来事を、三人称で綴られる客観的視点のパート、さまざまな登場人物による日記、ストーカーが心密かに愛した大人気女優エレン・テリーがインタビューに答えた声、新聞記事、手紙、劇場に棲まう幽霊ミナの声なき声といった多種多様な語りによって立体的に描いていく過程で、じょじょに名作誕生秘話を明らかにしていくのだ。

 演劇界のバックヤード小説としても、天才に翻弄される常識人の物語としても、本家『吸血鬼ドラキュラ』のパスティーシュ小説としても楽しめる多彩な仕掛けが嬉しい逸品。あ、人気朝ドラ『虎に翼』の「よねさん」みたいなキャラクターも登場するので楽しみに読み進めて下さい。

新潮社 週刊新潮
2024年5月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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