【手帖】小出版社の志と綱渡り的経営語った「風から水へ」出版

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鈴木宏さん

 フランス文学や幻想文学に関心のある読者にとって、水声社は小さいながらも屹立(きつりつ)した、存在感のある出版社である。仏文学者の鹿島茂さんは「週刊文春」の「私の読書日記」に「小出版社の中で『歴史』に残る出版社といったら『水声社』にとどめを刺す」とまで書いている。

 国書刊行会で《世界幻想文学大系》(45巻)や《ゴシック叢書(そうしょ)》(30巻)、《ラテンアメリカ文学叢書》(15巻)といった空前絶後のシリーズを手掛けた鈴木宏さん(70)が、前身となる書肆(しょし)風の薔薇(ばら)を創設したのは昭和56年。平成3年に現社名となり、今日に至っている。

 その鈴木さんが小田光雄さんのインタビューに応じ、自身の来し方、小出版社経営の実態を語った『風から水へ ある小出版社の三十五年』(論創社・3000円+税)を出した。宮下和夫さんや安原顕さんといった個性的出版人との交友や出版界、会社の危機的状況が語られる。

 「この先、出版の世界がどうなってゆくのかまったく見えません。だからこそ、零細出版社の実態を記録として残しておくのは自分の義務だと考え、インタビューに応じました。でも、半分は自伝のようになってしまいました」と鈴木さんは笑う。

 鈴木さんは横浜翠嵐高校から東京都立大学(現首都大学東京)英文科に進むが、天沢退二郎さんの評論集『紙の鏡』を読み、ブランショ、宮川淳、デリダなどを乱読するようになった。卒業後は仏文科に学士入学し、大学院修士課程に進んだ。院生時代に荒俣宏さんと紀田順一郎さんが後見人の雑誌「幻想と怪奇」の編集に携わり、その縁で国書刊行会に押し込まれた。

 自伝部分以上に興味深いのは、実際の数字をあげながら、小出版社の経営がいかに綱渡り的であるかを率直に語っているところだ。印税未払いなどはよくあったことで、経営者として印刷所に代金を支払うときに「快楽」を感じるというのである。

 出版文化の貴重な証言だ。(桑原聡)

産経新聞
2017年10月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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