現代アメリカ文学を代表する作家のフィリップ・ロス氏が22日、うっ血性心不全のため死去した。85歳だった。ロス氏は1959年に弱冠26才で『さようならコロンバス』でデビュー、同作で全米図書賞を受賞し注目を集めた。以降、ユダヤ人の若者の屈折を描いた『ポートノイの不満』や全米批評家協会賞を受賞した『背信の日々』など、次々と話題作を発表した。98年には優れた文学や報道に与えられるピュリッツァー賞を受賞、さらに01年には第1回フランツ・カフカ賞を受賞するなど、米国で最も偉大な作家のひとりに数えられていた。
フィリップ・ロス作品の翻訳を手がけたこともある上岡伸雄・学習院大学教授は「ロスは『訳者泣かせ』の作家である。とにかく過剰なのだ。言葉もアイデアもどんどん溢れてくるのだろう。それを勢いに任せて書いているところがある」という(https://www.bookbang.jp/review/article/513396)。
そのロス氏の「文学的過剰ぶり」が最も良い形で発揮されたのが、『素晴らしいアメリカ野球』だ。「ユダヤ系アメリカ人としての自己を追究することが多い彼の作品の中では、異色の野球小説。それも、アメリカ大リーグに第三の『愛国リーグ』があったという法螺話だ。第二次世界大戦中、愛国リーグのマンディーズは本拠地の球場を軍事施設として差し出し、放浪球団となる。この貧乏球団に残っているのは試合中も居眠りばかりしている五十二歳の三塁手、しらふでは打てない三番打者、十四歳で身長五フィートの二塁手、塀に激突してばかりいる外野手、ベンチで孫自慢をし合う控え選手たちなど、変な選手ばかり。その突拍子もなさと、そこに一人だけ天才的バッターがいるという設定がたまらなくいい」(同前)
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- 素晴らしいアメリカ野球
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同書が日本の作家へ与えた影響は大きかった。小林信彦さんは日本の野球に当てはめた『素晴らしい日本野球』を書き、高橋源一郎さんはパロディ『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞を受賞。井上ひさし氏は「処女作に『さようならコロンバス』という清冽で端正な作品を持つ作家が、十五年後にこんな小説を書く。ほんとうに自由でいいな。ぼくもその末席に連なっているのだけど」と述べている(文庫版解説)。
ロスと同じくカフカ賞を受賞し、柴田元幸・東京大学名誉教授とともに同書を復刊した村上春樹さんも「この作品を読んだときの気持ちの昂ぶりは本当に大きかった。彼の中で一番好きな作品です。その頃は僕は小説を書こうなんて思ってもいなかったから、だた『すごいなあ』と感心しながら夢中になって読んでいました。この潔いまでの『トゥー・マッチさ』は永遠に不滅です」と述べている(文庫版解説)。
ノーベル賞にもっとも近い作家と言われたフィリップ・ロス氏。ご冥福をお祈りする。
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