BTSのV が“その本は僕にたくさんの慰めと共感の言葉をくれました”と語った、心に沁みる韓国エッセイ『家にいるのに家に帰りたい』試し読み

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BTSのメンバー・Vがグラミーミュージアムのインタビュー内で紹介した韓国エッセイ『家にいるのに家に帰りたい』。2021年3月に刊行した日本語版は発売刊行前に増刷が決定し、ネット書店では予約段階から部門別ベストセラー1位を獲得するなど、国を越えて話題となり、またたくまに5万部を突破しました。

著者のクォン・ラビン氏が自身の経験や日々の想いを綴ったまっすぐな言葉は、パンデミック下で自粛や環境の変化で心が休まらない私たちの心に深く響き、多数の共感の声が寄せられています。

ふとした瞬間に訪れる孤独感や不安、逃げたくなる気持ち、日常のちょっとした幸せ、誰かを愛することの痛みや幸福……。本書はうまく言葉にできないけれど心の中には常にある、そんな感情にそっと寄り添いながら、さまざまなストレスにさらされる日常や忙しない日々の中で見失いがちな、自分をいたわることや身近な思いやりに気づかせてくれる一冊です。

今回は、書籍の中から一部を抜粋してお届けします。

***

きみはわたしにとって 明日だった

子犬を飼っていた。宝物だったきみ。真冬のある日、ひとりぼっちで留守番するきみが寒くないように、床暖房をつけたまま仕事に行った。バタバタで、心が折れそうな一日。体はカチカチに凍りつき、足どりもずっしりと重い。冷たい空気を引きずりながら家に着き、その場で崩れるようにうずくまる。そっと近づくきみを、わたしはぎゅっと抱き寄せた。

温もりを抱きしめながら、ふと気づいた。床が冷たい。床暖房が故障していたんだ。きみも凍える思いをしていたはず。そんなことも知らず、冷たい空気を家まで引きずってきたわたし。涙が一気にこみ上げた。散々だった一日のせいか、あたたかいきみのせいか。部屋でぽつんと、寒さに震えるきみを想像し、あふれ出る涙が止まらなかった。

一日中待ちつづけたきみ。やわらかな温もりに心がじんわり溶けていく。「寒かったくせに。ただずっと待ってたなんて、ありえない」と意地悪な言葉を投げかけても、きみはわたしの腕のなかで涙をなめるだけ。そんなきみが、わたしにとって明日だった。絶望のどん底で、いつ死んでもいいと思っていたわたし。きみは希望の明日だった。きみがわたしを救ってくれた。

家にいるのに家に帰りたい

いまいる場所になじむことができず、不安やとまどいを感じると、心やすまる居心地のいい家に帰りたくなる。カタツムリが自分を守るため、背なかに家をのせて生きるように。自分を守ってくれる、温もりあふれる人と空間を、誰もが必要としているのだ。
仕事とひとり暮らしを始めた頃は、ガスの申し込み方法さえわからず、仕事でも失敗ばかり。何度も壁にぶつかった。慣れないことに次々と直面すると、すべてを放り出し、家に帰りたくなる。一番親しい人がいる場所が、本当のわたしの「家」。
だから、「家にいるのに家に帰りたい」と思ってしまう。

社会に出て気づいた、家族と暮らした時間の大切さ。「人生で一番いいのは、勉強しておこづかいがもらえる学生時代」という言葉は本当だった。大人になれば何でも思いどおりにできる。そう信じていたのに。

好きなものが、増えるといいな
ゆうべ、冬の雨が降った。カチカチ、パチパチ。
そんな音がするものが好きだ。雨が壁や地面、窓を打つ音、キーボードをたたいて文章をつづる音、そして焚き火が燃える音も。
泣いてばかりのわたしに友だちが言った。「あなたの悲しみをすべて洗い流すために、雨は降る」。いつからか窓をたたく雨の音に気持ちが安らぎ、雨の日はうとうとと眠りにつくようになった。キーボードをカチカチ打ってつむぐ言葉が、読む人に癒やしやときめき、共感を与えると気づいて、書くのが楽しくなった。そして、パチパチ音をたてて燃え上がる焚き火。見つめていると、悩みもぜんぶ灰になり、心がふっと軽くなる。
これからも、好きな音が増えるといいな。世界が大好きなものでいっぱいになるように。

わたしだけが片思い
わたしは受けいれ、あなたは受けいれなかった。
あの瞬間、あのときの選択。
そんなわかれ道を何度も通りすぎ、
わたしたちはいま、違う場所を見ている。
わたしはあなたの後ろを、
あなたは自分自身の前を。
あなたが見ていないところにあるわたしの愛。
わたしの気持ちに気づくかな。
たぶん、きっと気づかない。
あなたの前に立つと、
わたしは小さくなってしまうから。
ときおりむしょうにむなしくなる。
あなたは手でつかもうと追いかけても
つかむことができない雲のよう。
かなわないとわかっているのに、
いまもあなたが好き。
あなたもわかっているはず。
恋に落ちた心は思いどおりにならないことを。
だから、悲しい。
一緒に歩む未来を夢見ていたのに。
結婚を、わたしたちにそっくりな子どもを、
幸せな未来を。

いまも会いたい、いまも恋しい。
忘れられないあなたへの思いがいっそう募る。
なのに、ふたりの見ている場所はもう違う。
その事実が苦しい。
わたしがあなたなら、いまもわたしを愛するのに。

海からの手紙
夜の海は真っ暗なのに、白く砕ける波が見える。
いろんな人が残した思いが漂い、海に絶え間なく波を起こす。満ち潮とともに打ち上げられるのは、かつて海に捨てたはずの心。「もう一度受けとめて」と海が教えているのかな。引き潮で流されていくのは、誰かに届けたかった心。「潮の流れにのせて、その思いを伝えよう」と海が語っているのかな。
いつの日か届くあなたやわたし宛ての、海からの手紙。

みかん半分の愛

みかんを一緒に食べていて、
その果肉に愛がつまっていると気づいた。
ひとつのみかんを半分に分けたとき、
大きいほうをためらいなく
あなたの口にいれることができるから。
これが愛というものだと気づいた。

 ***

【目次】
プロローグ
CHAPTER1 誰よりも私の幸せが一番大切
CHAPTER2 つらい日々をただ受けいれているだけのあなたへ
CHAPTER3 わたしたちが別れた理由がわからないのなら
CHAPTER4 わたしたちはふたたび恋をする
エピローグ

クォン・ラビン
1994年、韓国生まれ。9歳のときに両親が離婚。そのことがきっかけで、世間では「あたりまえ」と思われている多くのことの疑問を持ちはじめる。2020年、自分と同じような思いを抱える読者に寄りそう言葉を届けたいと、デビュー作となる本書を刊行。

桑畑優香
翻訳家、ライター。早稲田大学第一文学部卒業。延世大学語学堂、ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」のディレクターを経てフリーに。多くの媒体に韓国エンタテインメント関連記事を寄稿。主な訳書に『韓 国映画 100 選』(クオン)、『BTS を読む』(柏書房)、『BTS と ARMY』(イースト・プレス)、『BTS オン・ザ・ロード』(玄 光社)、『家にいるのに家に帰りたい』(&books)ほか多数。桑畑優香(訳)

チョンオ(イラスト)
韓国ソウル市生まれ。会社勤めのかたわら、イラストレーター、グラフィックデザイナーとして活動。自分にとって絵を描くことは、心に灯をともすこと。日々を前向きな気持ちで過ごし、多くの人に夢を与えられるような絵を描き続けたいと願っている。

【書籍概要】
書名:家にいるのに家に帰りたい
著者:クォン・ラビン
刊行:2021年3月22日
判型・ページ数:四六版/204 頁
定価:1,320 円
刊行:&books(辰巳出版)

辰巳出版
2022年5月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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