現ヤクルト・内山壮真選手が同級生にも語らなかった高校時代の野球観 『あの夏の正解』試し読み

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甲子園が中止になった2020年。元高校球児でもある小説家の早見和真さんは、石川県の星稜と愛媛県の済美という強豪2校のひと夏を追った。5月20日に夏の甲子園の中止が発表されて以降、一時は、「メンバー外」の3年生が練習に参加することで雰囲気の良さを感じさせた星稜野球部だったが、7月に2度目に取材に訪れた際、チームには「微妙に重苦しい空気」が漂っていた。「甲子園のない夏」を描いたノンフィクション『あの夏の正解』から、「第四章 本気で野球をやる先に何がある?」を一部抜粋して公開します。

 ***

 この雰囲気の正体は何なのか。その疑問に答えてくれたのはキャプテンの内山だった。内山へのインタビューはいつも刺激に満ちていたが、室内練習場で行われたこの三度目はとくに強く印象に残っている。

 豪雨が屋根を叩いていた。激しい雨音が四方に鳴り響き、まるで二人きりでいるかのような空間を作り出してくれていた。

 緊張感が次第に増していく。全力を出さなくては見透かされる。高校生相手に本気でそんなことを思いながら行ったインタビューは、一時間半に及んだ。

――まずチームの現状から教えてください。

「いまはちょっと三年生の士気が落ちてきていて、あまりいい雰囲気ではありません」

――そうなの? 森からは本来のメンバー外が練習に参加していて、すごく雰囲気がいいって聞いていたけど。

「たしかに最初は三年生全員でいい思い出を作ろうという空気で、自分も素直にうれしいと思っていました。でも、自分ははじめからベストメンバーでやりたいという思いの方が強かったです」

――甲子園に通じていない夏なのに?

「メンバーとかメンバー外とか関係なく、みんながいまの状況に慣れきってしまっている部分があると思います。全国制覇という目標はたしかになくなったんですけど、自分は最後の最後でそういう楽しむだけの野球はあまりしたくないので。いまはみんなとの温度差にちょっと引っかかっています」

――楽しむ野球には昔から興味がなかった?

「中学に入った頃くらいからあまり楽しむことは意識しなくなりました」

――実際に入部して感じた高校の雰囲気はどうだった?

「やっぱり自分の理想とする雰囲気とは違うなと思いました。でも、すぐに自分で考えて練習できる人間には合っている環境だと思うようになりました。ただ、自分自身は厳しくやってきたつもりなんですけど、周りのみんなの意識を引っ張ることまではできなかったと思っています」

――これは違うなら違うって言ってほしいんだけど、僕の目には、内山くんは究極的には周りの選手がやっていようが、やっていまいがどうでも良くて、どこまで自分の実力を上げられるかが大切だと考えているように見える。まずこの見立てはどうですか?

「合っていると思います」

――なら、どうしてみんなの意識をそこまで引っ張りたいと思うんだろう?

「自分は二歳の頃から空手をやっていて、小三で野球を始めたんですけど、みんなでやる野球というスポーツがとても楽しかったんです。勝つこともそうですけど、仲間と同じ競技をするということが本当に楽しくて、そのときの体験から来るんだと思います」

――じゃあメンバー外も含めてみんなでやれている「楽しいだけの現状」に喜びを感じていてもいいんじゃない?

「小学生のときとは違います。いまは本気で野球をして、その結果として楽しさがついてくるものだと思っています」

――本気で野球をやる先に何がある?

「去年の甲子園で準優勝して、地元の富山で表彰してもらったとき、たくさんの知らない方に『見てたよ』『悔しかった』と声をかけていただきました。想像以上にたくさんの人が応援してくれていたんだと知って、勝ち負けは自分だけのものじゃないのだとすごく感じました。応援してくれる人のためにも、本気で野球をすることは自分たちの責任なんだといまは思っています」

――それは甲子園大会がなかったとしても同じこと?

「はい。同じだと思います」

――もう一つ仮説をぶつけさせてほしい。僕には内山くんが甲子園のために高校野球をしているというふうにも見えないんだけど、間違ってる?

「いえ、合っていると思います」

――本当に?

「チームメイトにはいつも『みんなで甲子園に行きたい』と言ってるんですけど、本心としたら、高二のセンバツが終わった頃からずっと次のステージを意識しています。それが自分の中心にあるものかなっていう気はしています」

 甲子園はすでに内山にとって手段であって、目的ではないということか。ほんの一瞬の間を置いて、僕は「それってチームの誰かに話したことある?」と尋ねた。

 内山はどこか申し訳なさそうに首をひねった。

「同じ思いを持った人間がいるとは思っていないので。たぶん言わない方がいいんだろうというのはわかっています」

 慎重に言葉を選びながら、内山は答えたくないはずの質問にも答えてくれた。言葉の一つひとつに圧倒された。こんな経験は、高校時代に先輩である高橋由伸の野球観に触れたとき以来だった。

「よりによって自分が三年生の年にこんなことになってしまったわけだよね。それってどういうことだと捉えてる?」

「自分にもまだ正解はわからないですけど、でもこの期間があって、自分にしかできないことが何かあるはずだというふうにはずっと思っているんです。本当にそれが何かはわかってないんですけど」

「この経験が十年後、二十年後の内山壮真の強みになり得ている可能性はあると思う?」

「はい」

「でも、いまはそれがどういうものなのか想像つかない?」

「はい。ただ、キャプテンとしてのいまの自分にしかできないことがきっとあるとは思っています。そこが将来、十年後、二十年後の自分に生かされてくる部分なんじゃないかと思っています」

 十八歳にしてすでにたくさんのものを背負い込んでいる。内山壮真という選手が夏の終わりにどんな景色を見ているのか。

 僕のメモ帳には『内山、ラスト。絶対』という文言が残されている。

続きは書籍でお楽しみください

新潮社
2022年9月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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