椿事が起こった。5月6日に『すばる』6月号が発売されると、即日完売したのだ。文芸誌を眺めて四半世紀ほど経つが、品切れ重版を見たのは数度ほど。発売日に完売なんて初耳である。『すばる』としては1979年の月刊化以降、初の重版だそうで、増刷分1万部もおそらく予約だけで完売し3刷が発表された。
争奪戦を引き起こした原因は、「中華(ちゅーか)、今どんな感じ?」と題された中華BL特集である。目玉は、世界的大ヒット作である『魔道祖師』の作者・墨香銅臭を迎えた鼎談で、露出が極度に少なく5年間ほど消息の途絶えていた墨香の生の声が掲載されるとの情報が、発売前から「なぜ日本の媒体に!?」という驚きとともに日本の外にまで伝播していたようだ。墨香自身「正式にインタビューを受けるのは初めて」と語っている。
墨香を引き立てたのは、この特集をプロデュースし、鼎談で聞き手も務めている綿矢りさだと思われる。中国文化に魅了され、一時は北京に住んでいたそうだ。
『文學界』5月号と『群像』6月号で新人賞の発表があった。文學界新人賞受賞作である市川沙央「ハンチバック」に注目したい。遺伝性筋疾患の難病ミオチュブラー・ミオパチーを抱えた「私」が語り手。
「生きれば生きるほど私の身体はいびつに壊れていく。死に向かって壊れるのではない。生きるために壊れる」
当事者性を強く湛えながらも技巧的で、健常者からの同情など嘲笑うかのごとき強靱な語りに怯まぬ読者はいまい。
最後に前回で触れた「センシティビティ・リーダー」の補足を。差別など不適切な表現を指摘する、当事者あるいはそれに準ずる人物・組織を指す言葉で、欧米では出版前のチェックが定着している。ロアルド・ダールやアガサ・クリスティの事件では、チェックが過去作品にも及び始めたことが、古典浄化、歴史修正ではないかと問題視されているわけだ。この動きは言うまでもなくポリティカル・コレクトネスやキャンセル・カルチャーと連動しており、弱者保護の美名の下、表現の自由を毀損する「検閲」が実装されつつある現状が危惧されている。
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