第169回芥川賞の候補作が発表された。
千葉雅也「エレクトリック」(新潮2月号)、児玉雨子「##NAME##」(文藝夏季号)、石田夏穂「我が手の太陽」(群像5月号)、市川沙央「ハンチバック」(文學界5月号)、乗代雄介「それは誠」(同6月号)の5作だ。本命=市川、対抗=乗代、穴=児玉、と予想して話を進めよう。
市川「ハンチバック」は、前回この欄で取り上げた文學界新人賞受賞作である。遺伝性筋疾患で背骨が曲がり(ハンチバックとはせむしの意だ)、人工呼吸器に頼る重度障害者の釈華が語り手。釈華は、出産育児は無理でも妊娠中絶までなら「普通にできる」と夢想し、実行に移そうとする。親から継いだ莫大な遺産で弱者男性を買うのだ。一方で、わずかな社会的つながりを求めて男性向け風俗のコタツ記事を書くライターをしていたりもする。
階級や虚構の位相を撹乱し、障害者像を破壊する語りの強靱さはこれまで見たことのない質のものだ。ラストへの評価が割れているが、芥川賞は新人賞、完成度は必ずしも問われまい。
乗代「それは誠」は、高校生の男女7人が修学旅行に乗じてささやかな冒険をする成長小説である。「~じゃないんだな」といった主人公の語り口が庄司薫をあからさまに想起させる。印象的なシーンの置き方などからも意図的な本歌取りと見てよさそうだ。
庄司薫の軽妙な文体は、エリートの使命という高飛車なテーマを口当たり良くコーティングするための戦略でもあった(その構造が作品の命脈を保った節も大きい)。乗代作はその点、上質ながらストレートな青春小説を大きく出るところがないのが弱く感じられる。
初ノミネートの児玉は、アイドル楽曲やアニソンで活躍する作詞家。小説家としても作品集が1冊ある。
候補作の主人公は、小学生からジュニアアイドル活動をしていた雪那。最近ニュースになった撮影会と児童ポルノの問題も織り込まれていてタイムリーだ。伏線の回収など首尾も整っている。ただ、完成度と引き換えのように、初期作に見られたきわどい不穏さが薄れたのが気に掛かった。
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