北海道に新設された中高一貫の女子校を舞台に描く、直球の青春長編! 安壇美緒『金木犀とメテオラ』試し読み

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「……ちょっと待って、冗談でしょ?」

「冗談でパンフ取り寄せないよ。いいだろ。札幌まで出りゃ叔父さんもいるし。自然が豊かで情操教育にいいんだって。おまえもね、毎日毎日しかめっ面してないで、そういうところで心とか育んだほうがいいよ」

 山の半分が学校なんだって、と面白そうに修司が笑う。

 あまりの提案に怒りよりも呆れが先に飛び出して、はあ? と宮田は大声を上げた。

「何言ってんの? もう合格圏内全部入って」

「いや、そこも勉強すごいやるみたいよ? そういう学校なんだって。おまえ、そういうの好きじゃん。丁度いいでしょ」

「なんで話が突然飛んでんの? 私が、今まで何のために塾行ってたと思ってんの?」

「だからもう塾もいいって。なんかすごい金かかるしさ」

 俺、こないだ初めて引き落としの額面見てビックリしちゃったよ、とふざけられて、宮田はかっとした。

「お母さんがそんなの許すと思ってんの!?」

 一瞬、修司はこちらを向いて、あ、とすぐに手の中の定期入れに目線を落とした。

「ロッカーの鍵、PASMOん中あった。鍵ってなんでこういうところに入るんだろうな」

 やべ、坂本さん待たしちゃってるよ、と大袈裟に時計を見る演技をされて、宮田は向かいの椅子の脚を蹴り飛ばした。

「逃げんなよ」

 低い声でどすを利かせると、部屋の中の空気が変わった。

「……お父さんに向かって何だその口の利き方は」

 頭ひとつ、人混みの中で浮く高身長の修司は、その威圧的なアドバンテージを弁護士業でも存分に活かしていた。一度コミカルな外面(そとづら)を剥ぐと、粗暴で神経質な性格がすぐ覗く。

「毎日毎日、疲れて帰宅しておまえのヒスに付き合うのも限界なんだわ。何が問題よ? いいだろ北海道。俺が行きてえくらいだよ。大草原でキツネとまったり写真でも撮ってこいよ」

 お父さんはもう決めたから、と修司が言い終えてすぐ、スマホのバイブ音が鳴った。

「あ~ごめんね、鍵あった。定期入れん中に。はい、はーい。いま出まーす」

 途端にふざけた口調に戻った修司は、じゃあパパはお仕事だから、とそのノリのまま片手を振った。

 こんな時、ほかの子は一体どうしているのだろう。

「食べて来るから、夕飯、パパの分も食べちゃっていいよ。家政婦のさ、堤さんだっけ? 量多すぎんだよな」

 玄関を出て行くまでの間、修司はひとりで喋り続けていた。

続きは書籍でお楽しみください

安壇美緒(あだん・みお)
1986年北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2017年『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。20年、北海道の中高一貫の女子校を舞台にした青春長編『金木犀とメテオラ』を刊行。22年、『ラブカは静かに弓を持つ』で第6回未来屋小説大賞を受賞。23年、同作で第25回大藪春彦賞受賞、本屋大賞第2位、第44回吉川英治文学新人賞ノミネートとなる。

集英社
2023年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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