「もう恋愛しなくていい」から結婚した“恋多き女”が離婚して…大人の恋愛の危うさと面白さに向き合う 唯川恵『男と女』試し読み

試し読み

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大人だって恋をする(※画像はイメージ)

大人の恋愛には、修羅場がつきものだ。

他人の男を奪い続けてきた自称・恋愛体質の44歳、PTA不倫がバレた51歳、経済力ばかり重視してバツ3になった38歳……。36歳から74歳まで、幅広い年齢と経験の女性12人のリアルな証言を、「恋愛小説の女王」と称される直木賞作家・唯川恵さんが一刀両断。

恋に浮かれる人、不倫の愛に悩む人、恋に人生を狂わされた人にも響く、珠玉の名言にあふれた『男と女』(唯川恵、新潮新書)から、冒頭の「はじめに」を公開します。

 ***

はじめに

長く小説やエッセイを書いて来た。主人公のほとんどは女性で、仕事や友人、家族関係、生きがいややりがい、悩みや孤独感などを絡めて来たが、その中でも、やはり恋愛は大きな比重を占めていた。

別に恋愛がなくても生きていくことはできる。けれど、人は誰かを想う気持ちを抑えることができない生き物である。人生から切り離せない。

なぜ人は恋をしてしまうのか。

そんなシンプルな疑問から始まって、恋愛についてそれなりに考えてきたつもりだったが、正直なところ、答えは見つけられないままである。わかったのは、答えなどない、というもっともな結論だけだ。

だからというわけではないが、ここ数年、恋愛というテーマから遠ざかっていた。

今更、恋愛を描く必要などないのではないか。すでに語り尽くされている感もあるし、何より世の中はあまりに複雑になっていて、興味を持つどころか、辟易している方も多いのではないかとの思いもあった。

そんな時、ある女性と話す機会を持った。

その女性とは、彼女がまだ20代の頃に出会っている。いい大学を出て、希望の会社に就職して、仕事もばりばりやって、恋もたくさんしていた。毎日を実に楽しんでいた。だから、もしかしたら彼女はもう結婚する気がないのかもしれないと思っていた。

ところが、彼女は30歳を過ぎて間もなく、短い交際期間であっさり結婚を決めた。

幸せそうな様子の彼女に、意地悪な私はついこんな質問をしてしまった。

本音を聞きたいのだけれど、実際のところ結婚の決め手は何だったの?

彼女はちょっと困ったように首を竦めて「もちろん彼が好きだったからです」と前置きしてからこう言った。「だって、結婚すればもう恋愛しなくていいでしょう?」

周りからは恋愛を楽しんでいたように見えていたが、実際は違っていたのだろう。

「若い頃の恋愛は挫折と失敗と後悔の繰り返しでした。それで恋愛に疲れてしまったという気持ちもあって、ありがちですけど落ち着いた生活がしたくなったんです」

思いがけない返答に、あの時、少々面食らってしまったのを覚えている。

結婚生活は順調で、すぐに年子でふたりの子供も授かった。育児に仕事に家庭にと、てんてこ舞いの日々ではあったが、順風満帆な暮らしをしていたとのことである。

それが徐々に夫婦間に亀裂が生じるようになっていく。

唯川恵
1955(昭和30)年生まれ。作家。1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。『肩ごしの恋人』で直木賞、『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。『ため息の時間』『100万回の言い訳』『とける、とろける』『逢魔』など、著者多数。

新潮社
2023年11月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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