年収1000万円は勝ち組か? 中流上位層のリアルな暮らし 『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』試し読み

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 タワマンに住んで外車に乗る人まで国が支援するのか――。

 所得制限撤廃の話になると、きまってこんな批判がわき起こる。しかし、当事者の実感は今やこの言葉とはかけ離れているのだという。

 ファイナンシャルプランナーで家計管理やライフプランに詳しい加藤梨里氏が、様変わりした中流上位層のリアルを徹底分析した『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』から「はじめに」を公開する。

はじめに──「年収1000万円は“勝ち組”か?」論争

 現在、日本の平均年収は約400万円です。そんななかで、「年収1000万円じゃ全然足りないですよね」と言われたら、あなたならどう思うでしょうか。「たしかに心許ないよね」と思う人もいるかもしれませんが、「何をぜいたくなことを!」と不快な思いを抱く人が多いのではないでしょうか。
 先述の言葉は、筆者がかつて、ある人から言われた台詞です。当時の筆者の月収は17万円、ボーナスを入れても年収300万円弱でした。どんなに残業をしても自分には決して稼げない「1000万円」という年収を得ているのに、それでも足りないというのはどういうことか。さぞかし浮世離れしたぜいたくな暮らしをしているに違いないと、正直に言うと妬ましく感じたものです。
 あれから約20年。SNSなどのインターネット上では「世帯年収1000万円ぐらいでは勝ち組とは言えない」「日本人の平均年収は400万円なのに、そんなことを言うのはぜいたくだ」というような論争が巻き起こっているのをしばしば目にします。
 たいていの場合、議論は平行線をたどり、進展の気配もありません。それもそのはずで、同じ「世帯年収1000万円」でも、その本質的な経済力は時代によって常に変動しますし、同じ時期であっても家族構成や年代、居住地域など、個人が置かれている状況や公的補助の有無によって、体感は全く違うのです。
 なにより、ひと時代前に比べて、年収1000万円の実質的な経済力は大幅に下がっています。家計の税負担や社会保険料はこの20年ほどで大幅に増えており、働き方や家族構成による違いはありますが、今は額面年収1000万円といっても、手取りにすると700~750万円前後に過ぎません。「1000万円」という数字のインパクトと比べると、もう少し現実的で慎ましい印象になるのではないでしょうか。
 加えて、物価高や不動産価格の高騰によって生活コストも上昇しました。とりわけ、子育て世帯にとっては厳しい状況と言えます。子どもがいればそれだけ生活費がかかりますし、子どもと暮らせる住宅の確保には相応の費用も必要です。当然ながら教育費もかかりますが、国公立大学の学費でさえ平成以後、1・5倍以上になるなど、教育にかかるコストも軒並み上がっています。厚生労働省の調査では、子どものいる世帯の6割超は生活が「苦しい」と回答しており、全世帯(53%)よりも高い水準です(2021年「国民生活基礎調査」)。
 かく言う筆者も、大卒で就職後、実家暮らしから1人暮らし、そして自分の家庭を持ち、家族構成が変わるたびに、生きていくために必要なお金のかかり方が様変わりしてきました。その後、さまざまな事情から正社員、派遣社員、一時は無職と転職を重ね、フリーのファイナンシャルプランナーとして活動する今に至るまで収入の増減を繰り返していますが、たとえ収入が増えても、出ていくお金が増えればゆとりを感じられるわけではないという当たり前な事実を身をもって実感するうちに、「年収1000万円」の景色が全く違って見えてくるようになったのです。
 どうやら、もし年収が1000万円あっても思ったほどゆとりはなさそうだ。いや、むしろ場合によってはカツカツなのではないかと。

 子育て世帯には児童手当など国の支援がたくさんあるじゃないか、と思う方がいるかもしれませんが、その多くには所得制限があります。児童手当のほか、高校の授業料無償化、大学の奨学金制度などの多くは、年収が1000万円を超えたあたりから支援から除外される憂き目に遭うことになります。年収1000万円というのは、公的支援をほとんど受けられず、完全な自力での子育てを迫られる境界線でもあるのです。
 政府は「異次元の少子化対策」をうたい、児童手当の給付年齢の一部拡大や所得制限の撤廃など、いくつもの子育て支援策を打ち出しています。

 しかし、2023年2月、政府が少子化対策の一環として高所得者への児童手当を制限する「所得制限」の撤廃について検討した際、与党の要職を務める政治家が「高級マンションに住んで高級車を乗り回している人にまで支援をするのか、というのが世論調査で出てきているのだろう」と発言し物議を醸したことがありました。
 実際、執筆時点では所得制限撤廃と引き換えに、子どものいる世帯への扶養控除廃止も同時に検討されており、実質的には高所得の子育て世帯への負担増となる懸念さえある状況です。1000万円近くの収入がある世帯は裕福なのだから、支援など不要だということでしょうか。
 しかし、現実は必ずしもそうではないようです。ある大手保険会社が今年行った調査では、年収1000万円以上の世帯でも、安心して子育てをするためのお金が不足しているという人の割合が7割超、子育てにかかる費用が精神的負担になっているという人が57%というデータもあります。年収1000万円でもぜいたくどころか、普通に暮らしていくのも厳しく、追い詰められていることをうかがわせます(日本生命「子育て現役世代の大規模実態調査」)。
 実際の年収1000万円前後の世帯、とりわけ子育て世帯に関して言うと、高級マンションに住んで高級車を乗り回す余裕などほとんどないのが現実なのです。

 ところで、裕福かどうかには収入ではなく資産を判断基準とすることもあります。金融広報中央委員会の調査データをみると、収入が多いほど資産も多いという傾向はあるものの、年収1000万円以上の世帯でも片働きでは15%以上、共働きでも約10%が「金融資産非保有」、つまり貯金がゼロとなっています。
 こういった話題になるとしばしば、年収が高いのに資産ゼロなのは「ぜいたくな暮らしをしているせいだ」と指摘されます。しかし、前述の生活コストの変化や公的補助といった要因をふまえると、一概に自業自得と切り捨てられる問題ではないのではないでしょうか。

 そこで本書では、世の中一般では裕福とイメージされがちな年収1000万円世帯のうち、特に子育て世帯に焦点を当てて、その経済力の時代による変化と、子育てにかかるコスト、そして公的補助の有無による家計への影響等をふまえて、暮らしぶりを繙(ひもと)いていきたいと思います。
 第1~3章では、年収1000万円の子育て世帯をとりまく主な支出である、住宅、教育、生活費用について概観します。第4章では、日本でおなじみのアニメキャラクター家族を題材に、子育て世帯のモデル家計を設定し、年収1000万円世帯の家計と人生を通したお金の流れをシミュレーションしてみたいと思います。年収1000万円の子育て世帯には本当にゆとりがあるのか否か、また、家族構成、居住地域、子どもの進路が違うとお金の流れがどのように違ってくるかを試算してみます。
 そして第5章では、これらをふまえて取れるお金の対策をご紹介します。
 本書を通して、いま子育て中の方にはご家庭の家計管理や子どもの進路等の見通しをたてる際の参考にしていただけたら幸いですし、子育て世帯以外の方、様々な年代の方にもぜひ読んでいただき、お互いの状況を知って理解を深め合うための一助となればと思っています。

以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて

加藤梨里
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、マネーステップオフィス株式会社代表取締役。保険会社、信託銀行、ファイナンシャルプランナー会社を経て2014年に独立。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科修士課程修了。著書(監修)に『ガッツリ貯まる貯金レシピ』等。

加藤梨里

新潮社
2023年12月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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