引っ越しの翌日ネコが行方不明に…! 捜索のプロ「ペット探偵」が明かす“チラシ”と“地図”の重要ポイント

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チラシは工夫が必要

 失踪現場を一通り調べたら、次は付近の捜索に移りますが、そこで不可欠なアイテムが地図とチラシです。

 地図といっても様々な種類があり、比較的狭い範囲を密に探す必要があるネコの場合、住宅地図が適しています。私が必ず用意するのは、1500分の1の縮尺で細かな情報が得られる「ゼンリン住宅地図」。もちろんスマホやタブレットでも閲覧できますが、屋外で頻繁に情報を書き込んだり何度も広げたりするには、紙が圧倒的に便利です。

 そしてチラシ。「ネコを探しています」といった、目撃情報を求めるビラをご覧になったことがあるでしょう。実は、このチラシ作りで重要なポイントが「文字を少なく、写真を大きく」です。ペットが心配でたまらない飼い主さんほど、あらゆる情報を伝えようと文章過多になります。ですがその分、写真のスペースは狭まり、また読めないほどに文字が小さくなるなど、かえって逆効果なのです。

 肝心のペットの写真も、世の飼い主さんはつい「かわいい表情の一枚」を選びがちです。ただ、こうした写真は往々にして体全体の特徴や模様を伝えきれません。つまりはチラシを手にした人が、目に留めてすぐ理解できるようでなければならないのです。チラシの印刷は、家庭用プリンターを使えば何枚でも刷れて便利ですが、これはお勧めしません。雨に濡れるとすぐ文字が滲んでしまい、肝心の連絡先などが消えてしまう。私の場合は、文面のデータを作ったら印刷所に依頼します。濡れても丈夫で発色もよい紙を指定し、通常、2千枚ほど印刷するのです。

 そうやって用意した地図とチラシを手に、まずはご近所回りから始めました。ギャルソンが前回戻ってきたように、ネコの場合は飼い主宅近くに留まっていることが珍しくありません。佐藤さん夫婦とともに、ご近所のインターホンを鳴らし、ギャルソンとコロラを探していると伝えて回りました。隣接するお宅では、縁の下や物置などを見せてもらい、その間にもチラシの手渡し、留守宅への投函を続けます。作業の最中は、時折立ち止まって地図に書き込みをしていきます。チラシを投げたお宅、敷地を見せてもらったお宅。ご近所の雰囲気を全身で感じながら、探しているペットの気持ちになって歩くのです。

 ちなみに私は連絡先として、つねに会社のフリーダイヤルをチラシに掲載しています。些細なことですが、そのほうが皆さん気兼ねなく連絡しやすいでしょうから。ただし、親切心から「間違いなく見た」と連絡をくださっても、すべてが当たりの情報かというと、そんなことはありません。

 今回もチラシの効果は覿面(てきめん)で、すぐに10件以上の情報が集まりました。しかし、その目撃地点を地図に落としてみると、すべて異なるポイントを指していて、エリアもバラバラでした。いかに2匹でも、ここまで活発に動き回るなどあり得ず、つまりほとんどの情報が誤りだと思われました。この間、2匹が家へ戻ってきた形跡はなく、家の前に好物を置いても、見かけるのはいつも別のネコでした。

 そんな中、寄せられた情報のうちで有力だと思われたのは、

〈住宅街を出た藪でギャルソンを見た〉

 というものでした。佐藤さん宅から300メートルほど離れた場所で、藪の繁り具合が葉山の環境とよく似ている。当たりかもしれない。私はここを重点的に捜索することにしました。

 藪や草むらにも、よく見ると通り道があり、平坦な場所を見つけて私は捕獲器を仕掛けました。行方不明になったネコを素手で捕まえるのはかなり難しい。「面識」のない私はもちろん、飼い主さんが呼びかけても、再び逃げることはよくあるので、そうした場合は捕獲器の出番です。

 この捕獲器はステンレスの網で出来ており、ネコが入って餌を食べるとパーンと入り口が閉まる仕掛けです。ですが、内部に好物のネコ缶を置いてもいっこうに捕獲できません。掛かったと思えば違うネコだったことも度々あり、そんな作業を続けるうち、周囲にちょっと似た感じのネコがいることが分かった。となればこの情報も、よくある「見間違い」だったかもしれない。私は徐々に“ギャルソンはここにいないのでは”という思いに囚われ始めていました。

4度目の捜索で…

 藪を中心とした捜索を3カ月ほど続けながらも、私はその範囲を広げることにしました。とはいえ、2匹とも向かった方角が分からず、少し広げるだけでも大変な作業が必要です。現場の新興住宅地にある3カ所の溜め池、隣接するもう一つの住宅街、さらに近くにある南北に長い大きな公園……。結局、私は初回の6月をはじめ、8月、9月と大分に3回出張し、滞在日数はのべ30日ほどになっていました。

 神奈川県藤沢市から大分への出張ですから、必要経費である交通費や宿泊費が、通常の作業料金に大きく加算されます。他のケースに比べて相当に割高、正直に言えばとてつもない料金になっていました。それでも捜索を終えて藤沢へ戻ると、そのつど佐藤さんから「もう一度お願いします」と電話が掛かってくるのでした。

 とはいえ、いつまでも続けるわけにはいきません。私は一つのケースにつき、捜索料金の上限は経費込みで100万円までと決めています。大分ではかなりの作業を積み重ねており、例えば投函したチラシだけでも数千枚にのぼりましたが、これ以上の料金を請求することはできません。

 加えて当時、私のもとには他の依頼が相次いでいました。そこで佐藤さんご夫妻とは「最後にもう1回だけやりましょう」と取り決めました。そして同年10月、4度目となる捜索では思い切って範囲をさらに広げました。ここで目をつけたのは、飲み水が確保でき、フェンスなどの遮蔽物で人間が入り込めないなど、ネコの住める条件に合致する場所です。こうして新たな地点に狙いをつけ、予定の作業をすべて終えた私は「人事を尽くして天命を待つ」の心境で藤沢へと戻ってきたのです。

 すると、その数日後――。

(後編:留守番をしていたイヌがなぜか行方不明に…1カ月後に発覚した「隣家の主婦」の血の気が引く行動とは につづく)

藤原博史(ふじわらひろし) ペットレスキュー代表。1969年生まれ。迷子になったペットを探す動物専門の探偵。97年に「ペットレスキュー」を設立し、ドキュメンタリードラマ「猫探偵の事件簿」(NHK BS)のモデルにもなった。

新潮社 週刊新潮
2020年2月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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