ロシア が「北海道」を占領できない理由とは? ロシアに欠ける能力と北海道の陸自“最精鋭部隊”

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10式戦車(※写真はイメージです)

ロシアのウクライナ侵攻が始まってから2年が経った。
この間、ロシアが北海道に上陸を仕掛ける“両面作戦”がとられるのではないか、という推測を目にした方もいるのではないか。

ロシアがウクライナとの戦争中、日本に攻め入ることは物理的にまず不可能だと語るのは、防衛研究所防衛政策研究室長・高橋杉雄氏だ。

冷戦期には“現実的な脅威”だったソ連による「北海道の占領」が、今では非現実的となった理由とは。現在のロシアに欠如する能力と、日本が北海道に配置する陸自の“最精鋭部隊”について、高橋氏の著書『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』より探ってみよう(以下、抜粋は同書より)。

■ソ連にとって最善策だった「北海道の占領」

冷戦期の主戦場はヨーロッパですし、大陸では中ソ対立もありました。そんな国際情勢の中で、日本は主要なプレイヤーのポジションにはいませんでした。にもかかわらず、ソ連の日本侵攻はありうると考えられていましたし、日本はそれに対する備えをしていたのです。

これには明確な理由があります。MADと呼ばれる米ソの相互核抑止が背景にあったからです。相互核抑止を支えていたのは、潜水艦からの核ミサイルです。潜水艦は海面下に潜んでいるので相手から攻撃を受け難く、母国が核ミサイルによる先制攻撃で甚大なダメージを負ったとしても、潜水艦は無傷で残ります。その潜水艦から反撃されることで先に仕掛けた国も壊滅的打撃を被ることになるため、潜水艦の核が無事である限り核抑止は機能し、核抑止が機能していれば戦争は起こらない、という状態だったわけです。

ならば、どこかにいるソ連の潜水艦を見つけ出して沈めることができれば、戦争になったときに有利になる計算です。さらにアメリカは海軍力で圧倒的に優勢なので、アメリカが本気でソ連の潜水艦狩りを始めたときに、ソ連は万全の備えがなければ守りきれません。

そこでソ連が考えたのが、要塞戦略でした。ヨーロッパ方面ではフィンランド北方の北極圏に広がるバレンツ海、アジア方面ではオホーツク海にミサイル潜水艦を待機させ、これを守ることで核の反撃能力を維持するという戦術です。

ところが、オホーツク海はすぐ近くに北海道があります。北海道から日米に攻撃を仕掛けられたら、オホーツク海のソ連原潜は潰されてしまうかもしれません。そうなれば要塞戦略が十全に機能しないことが予想されます。そこでソ連にとって最善の策が何かと言えば、北海道を占領することだったのです。北海道を占領すればオホーツク海を守るための防衛基地を前に出すこともできますから、オホーツク海の原子力潜水艦は安全になります。こうした計算から、有事の際にはソ連が彼らの核戦力を使える状態にするために、北海道に攻めてくる可能性があると考えられていたわけです。

ですから、陸上自衛隊もそこまで読んだ上で、北海道防衛戦略を立てていました。旭川の北方付近でソ連軍を食い止め、そこから宗谷海峡に対してミサイル攻撃できるようにするというのが、当時の日本側が用意していた戦術でした。

ソ連が日本に侵攻してくる、あるいはロシアが日本に侵攻してくるシナリオというのは、基本的にオホーツク海の核ミサイルとの関係であり、実は今でも同じような状況にあると言えるのです。

■ロシアに欠ける能力と日本陸自の最精鋭部隊

現在の極東ロシアの軍事力がどの程度のものかというと、まず揚陸能力がほとんどありません。北海道に侵攻するとなれば、上陸する必要があります。しかし、極東ロシア軍の揚陸艦は現在2隻しかありません。仮に航空自衛隊と海上自衛隊の監視網、防衛網を突破しても、2隻で北海道に上陸できるのはほんのわずかな兵力です。北海道に何万人も陸上自衛隊がいる中で、わずかなロシア兵が上陸してきたとしても、まったく勝負にはなりません。ですから、オホーツク海の潜水艦を守るためということであれば、今でも北海道への上陸作戦は戦略的に理解できないでもありませんが、もはや物理的にそれは不可能なのです。

駄目押しで、陸上自衛隊は北海道に最精鋭の部隊を置いています。北海道には広大な土地があり、基地も広く確保されています。そのため訓練環境も恵まれているので、優秀な部隊を北海道に置いて、さらに練度を向上させています。南西諸島で有事が起きた際には北海道から状態のいい部隊を南に移していく、というのが部隊運用の基本的な考え方になっているほどです。ロシアが北海道に上陸してくるのも難しいし、上陸できても陸上自衛隊が問題なく対処してくれます。もちろん、それは歓迎すべき事態ではありませんが、必要以上に恐れる心配はないでしょう。

■ウクライナ戦争が日本にもたらす「ミサイル攻撃」リスクも

実のところ、ロシアとの有事はもっと別のかたちで生じるのではないかと考えています。ウクライナでロシアが核兵器を使うなど、何らかの理由で展開があって、米軍やNATO軍がウクライナ戦争に介入するとします。こうなると、もはやアメリカとロシアとの戦争ですから、戦場がウクライナに限られる保証はどこにもありません。そのときに日本の参戦をロシアが恐れて、日本に対して「お前、関わるんじゃないぞ」と軍事力で威嚇してくるケースが考えられます。

この場合には、北海道への上陸侵攻作戦というより、ミサイル攻撃で日本側に圧力をかけるかたちのほうが可能性は高いでしょう。ですから、防空やミサイル防衛が重要になってきます。ロシアからのミサイル攻撃はこれまであまり具体的に想定されてこなかったので、いろいろと考え直す必要があるでしょう。

ロシアがあえて日本を敵とみなすとは思いませんが、ウクライナ戦争が始まってからは極東ロシア軍もたびたび軍事演習を行っています。演習目的のひとつは、「こっち側もちゃんと準備ができている。我々はウクライナに全集中していて、極東がガラ空きというわけではないんだ。こっちでもちゃんと戦える」という姿勢を示すことでしょう。

日本が軍事介入することはありえませんが、ロシア側が思い込みで日本の参戦を恐れるような事態になれば、彼らからのミサイル攻撃の可能性はゼロではないということも頭に留めておいたほうがいいでしょう。

高橋杉雄
防衛省のシンクタンクである防衛研究所防衛政策研究室長。防衛戦略首席調整官併任。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門は国際安全保障、現代軍事戦略論、核抑止論、日米関係論。日本の防衛政策を中心に研究・発信する、我が国きっての第一人者。プライベートでは熱心なサッカーファンとしても知られ、日本代表と川崎フロンターレの20数年来のサポーターでもある。また、大のスイーツ好きという顔も持ち、自家製ジャムを作ったり、スイーツ写真をTwitterに投稿したりといった一面も。

辰巳出版
2024年3月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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