『夜行列車盛衰史 ブルートレインから歴史を彩った名列車まで』松本典久著

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夜行列車盛衰史

『夜行列車盛衰史』

著者
松本 典久 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
産業/交通・通信
ISBN
9784582860467
発売日
2023/12/18
価格
1,100円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『夜行列車盛衰史 ブルートレインから歴史を彩った名列車まで』松本典久著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

貧しい若者にも旅の夢

 終焉(しゅうえん)間近の夜行列車だ。それを理解する前提として、序盤を費やして、著者は明治期の鉄道網や輸送サービスの変遷を的確に要約する。そして執筆の熱意を、夜行昼行を問わずに、長距離列車の意義を語ることに注ぐ。そうした本の姿から、期せずして読者は、夜行列車が特殊な列車ではなく、人流を支える必然の移動手段として発展したことを知らしめられる。

 新幹線や高速道路や航空網が未発達の時代に、国民の長距離移動の基盤として夜行列車は存在した。それを端的に示すエピソードが修学旅行だ。昭和三、四十年代に修学旅行用列車「ひので」で、関東の中学生の京都奈良への旅が片道を夜行として設定されていたことを、著者は実体験を含めて語る。「十五歳」は夜も揺られて全員で旅をしたのだ。もちろん、家族旅行でも都会への就職でも、出張でも墓参でも、夜行列車は当然かつ必須の乗り物だった。

 終盤で、夜行列車の衰退と入れ替わりに、ここ十年程、JR各社が注力したクルーズトレインにふれている。豪華な寝室を用意して高額ツアーを組み、限られた客層に贅沢(ぜいたく)を売る発想である。著者はそれを、「別物だ」と断じる。同感だ。夜行列車はそして鉄道は、すべての人のものである。その本質を無視した企画は、一過性の収益モデルではあり得ても、そこに人々と夜行列車の新たな時代を築く力など、無い。

 かつての日本社会は、所持金が乏しい人でも望む移動ができるように夜行列車を用意した。それによって何かを学び経験した若者が、次の日本を支えた。きっと、なけなしの小遣いで日本中を旅できたことに感謝しながら。

 未来をあえて論じない本だ。夜行列車とその乗客を見守る余裕は、日本にもはや無いのかもしれない。だが、この書き手ならば鉄路の明日を示すことができる。夜行列車を知らずに社会をつくっていくこれからの世代が、著者が描く「夜汽車の未来」を待っていることだろう。(平凡社新書、1100円)

読売新聞
2024年4月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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