僕の人生には事件が起きない
2022/05/27

蟻の駆除対策でハライチ岩井に起きた罰当たり級の悲劇 「もしかしたら極楽浄土に行かせてもらえないかも」

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お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイがパワーアップして再始動!「人生には事件なんて起きないほうがいい」と思っていたはずが……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「墓場と蟻」です。

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墓場と蟻

イラスト:岩井勇気(ハライチ)

 墓場が隣にあるアパートに住んでいた頃、毎年夏になると家の周りに蟻が大量発生していた。屋内や、建物自体に特別影響はないのだが、周辺の至る所に蟻が這っているのは気持ちの良いものではない。

 なぜこんなにも蟻が大量発生しているのか。どうやら蟻は墓場から来ているようなのだ。墓場とアパートを隔てるブロック塀を越えてこちら側まで侵入してきており、その証拠に、墓場に近づくにつれて蟻の数が多くなっているのが見てわかる。

 この隣の墓場、住宅地の中にあるのだが、所有している寺が少し自然を残しつつ作ろうとしたのか、大小様々な木が数多く生え、雑草も手入れされないまま伸びきっている。見ようによっては“自然と共存する墓地”といった、心優しい考えのもと作られた墓場に見えなくもないのだが、ぱっと見ただけの感想としては、ただただ汚い。蟻にとってはさぞかし繁殖しやすい環境だろう。

 どこかで“自然と共存する墓地”の考えを押し出せば手入れをしなくて済むと思っているのではないかとも勘ぐってしまう。確かに、墓場の管理状態には苦情を言いにくい。寺に苦情を言ってしまうと、死後、極楽浄土へ行かせてもらえなくなりそうだからだ。

 仏教への信仰心はほとんどないのだが、住職に「生き物は自然と共にあるもの。その自然に手を加えてしまえばそこに住む生き物の命を絶ってしまうことと同じ。無益な殺生をしては極楽浄土へ行けませんよ」などと言われてしまえば、それ以上苦情を言うのは憚られる。

 この寺側の自然への優しさを盾にするやり口は、いつかどうにかしなくてはならない。そもそも寺や墓を作る時点で自然を破壊し、生き物も殺しているはずなので、よく考えれば寺側のその主張は的外れなのだ。

 それに対しても「寺や墓地を作る行いは仏様の命(めい)を受けてやっているのでセーフ」などと返してきそうなところが、宗教の曖昧さであり強みなのだろう。多少の苦情など、簡単に蹴散らせると思っているに違いない。

 こちら側に間違っているところがあるとすれば、今述べた寺側の主張を、実際にはひとつも聞いたことがないということだろうか。

 遠巻きに見えるお供え物の饅頭に、無数の蟻がたかっている。恐らく、お供え物も蟻の餌となって大量発生に拍車をかけている。

 そして故人も、あんな蟻にたかられた饅頭など食べたくはないだろう。死んでも食べたくない、とはこのことだ。

 さらに言えば、お供えされた後しばらく外気にさらされた饅頭も食べたくはない。お供え物は参拝者の気持ちの問題だからいい、ということなのかもしれないが、それなら実際に饅頭は置かず、気持ちの上で饅頭を置けばいいのではないか。

 気持ちさえあれば実際に饅頭など置かなくても、気持ちの上での饅頭を作り出せるはずである。その“気持ちの饅頭”ならば、蟻にもたかられず、外気にも触れないので、綺麗なままの“気持ちの饅頭”を保てるだろう。故人にも、より綺麗な“気持ちの饅頭”の方が喜ばれよう。

 しかも“気持ちの饅頭”は、気持ちの上での饅頭なので、いくらでも高級なものにできる。“気持ちの和三盆”を使い“気持ちのこしあん”をふんだんに詰めた“気持ちの高級饅頭”を、“気持ちの京都”にある“気持ちの高級和菓子店”で買ってくればいい訳である。

 しかし、この時気をつけなくてはいけないのが、気持ちを込めすぎて、気持ちの世界を詳細に描き過ぎてしまうことだ。気持ちの世界の解像度を上げてしまうと“気持ちの饅頭”をお供えした時に、“気持ちの蟻”にたかられてしまう。さらには“気持ちの外気”にもさらされてしまう。

 それでは本末転倒である。その場合“気持ちの饅頭”を、“気持ちのタッパー”に入れるなどしてお供えするのが良いだろう。だが、そうなると“気持ちのお供え物泥棒”などにも気をつけなくてはならない。

 そしてそこまで気持ちの世界を広げられるのであれば、お供え物も“気持ちの饅頭”などではなく“気持ちの大トロ寿司”や“気持ちのA5ランク黒毛和牛のステーキ”などにしてあげた方が良い。なので、気持ちの加減というのは非常に難しい。

 蟻の対策方法をしばらく考えていたが、ふと友達に、害虫駆除の仕事をしている男がいることを思い出した。すぐさまその友達に電話をかけた。

 するとどうやら、蟻は塩素系の薬品の匂いが苦手らしい。身近なものでいうと台所で使う漂白剤で、これを5倍近くに薄めて撒いておけば、蟻は逃げていくということだった。

 話は早い、と、台所から漂白剤を取り出し、5倍に薄めた液体をバケツいっぱいに作った。そして家の外に出て、アパートと墓場を隔てる、蟻には無力のブロック塀に、それを上から撒いたのだ。

 ここを封鎖してしまえば蟻もアパート側には来れないはず。僕はターゲットを始末した殺し屋のように、後ろを振り返らず颯爽と家の中に入った。

 次の日、外は夏の暑い日差しが照りつけていた。蟻がどうなったか気になっていた僕は朝から家の外に出て、昨日、薄めた漂白剤を撒いたブロック塀を確認した。すると蟻より先に、ブロック塀が目に入ってきた。

 ブロック塀は漂白剤のかかった場所だけ真っ白になり、まだらに変色してしまっていたのである。明らかに、何か薬剤をかけたな、という感じだ。かかっていない場所の灰色が、真っ白を際立たせている。

 一目瞭然。恐らく墓場側からもそう見えている。墓場を取り囲むブロック塀の白く変色している部分は、異常にしか映らないだろう。

 僕はこの時初めて本格的に思った。もしかしたら極楽浄土に行かせてもらえなくなるかもしれない、と。

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岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったデビューエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』に続く、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』は2冊目の著書になる。

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