僕の人生には事件が起きない
2022/11/11

「とんでもない人間を誘ってしまった」ハライチ岩井が遅刻厳禁の焼肉店に誘った男のありえない言動

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イラスト:岩井勇気(ハライチ)

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイがパワーアップして再始動!「人生には事件なんて起きないほうがいい」と思っていたはずが……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「予約の時間」です。

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 仕事帰り。駅から歩いていて、ふと目をやった細い路地に見慣れない店を見つけた。すっきりとしていながら小洒落た店構え、白地に黒文字で店名の書かれた立て看板。どうやら最近できた焼肉屋のようだ。

 近くまで行き、入口のドアのガラスから中を覗くと席はほぼ埋まっており、なかなかの繁盛ぶりが窺える。食には興味の無いほうなのだが、偶然見つけたその焼肉屋が気になった。ネットで検索すればすぐに出てくるのだろうが、出会い方で“まだネットに載っていない路地裏の店”のように感じられて、行ってみたくなったのだ。

 家に帰ってネットで検索すると、一瞬で店の情報は出てきた。しかしかなり人気店のようで、2週間後くらいまで予約は埋まっていた。それ以降の予約を取ってみようと思ったのだが、なかなか一人で焼肉屋に入る勇気がない。

 今や一人で焼肉屋に入ることなど恥ずかしい行為でないのはわかる。しかし焼肉屋に限らず、僕は一人で飲食店に行くことがほとんどないのだ。

 基本的にお腹を満たせればなんでもいいと思っているので、飲食店に行くよりスーパーやコンビニで適当なものを買って済ませることの方が多い。今回も焼肉を食べたいわけではないのだが、その店には行ってみたいのだ。

 そこで、焼肉が好きそうな、仕事で仲の良い同期の男に連絡することにした。日程の候補をいくつか出し、焼肉屋に誘ってみると「いいよー」と乗ってきた。

 早速店に電話し、日時を伝えると、店員から「~日~時に予約ですね、受け付けました。ただしキャンセルは前々日まで、それ以降になるとキャンセル料を頂きます。それから当日は予約の時間までには絶対に来ていただくよう、お願いします」と強めの口調で返された。

 結構釘刺してくる店だな、率直にそう思った。まだこちらには予約をすっぽかした前科も無いのに、初犯の前からかなり警戒されている。客全体を一つの人格と捉えて、その一人が犯した前科に対して圧をかけてきている印象で、枕詞に「お客さんはすぐ予約を軽んじますから~」と付いているように感じる。

 だが、それも単純に予約の時間に行けば良い話である。僕は予約を取り付け、同期の男に連絡を入れて当日を待った。
 
 
 
 当日、その日は仕事が昼過ぎには終わる予定であった。朝、約束していた同期の男に会ったので話しかけようとした。すると向こうから「今日、音楽ライブあるんだけど行く?」と声をかけてきたのだ。

 その内容が一体何のことかわからなかったので聞き返すと「好きなアーティストの音楽ライブが今日あるんだよ! 行こうと思ってチケット取ったんだけど、2枚あるから行く?」と言う。

 何かがおかしい。「それ何時から?」と疑念を持ちながら聞くと「17時から!」と軽快に返してきた。夜は焼肉屋に行く予定のはずである。まさかと思い「夜、前言ってた焼肉屋の予約あるけど」と告げた途端、同期の男は「あっ!」と顔色を変えた。焼肉屋に行く予定を忘れ、音楽ライブと被らせてしまっていたのだ。

 しかし同期の男はものの数秒で、あっけらかんとした表情に戻り「あ、まぁでも、ライブ行ってから焼肉屋行けば大丈夫か!」と言い放った。とてつもない切り替えの速さである。確かにライブに行ってからでも、ギリギリ間に合わなくはなさそうな時間だ。

 しかし相手はあの厳しそうな焼肉屋で、1分1秒も遅れることはできない。それを伝えたが「いや、行ける!」と、根拠のない自信を振りまいている。なんとも無責任だ。さらには「一緒にライブ行こう!」と、しきりに僕を誘ってくる。

 図太すぎる神経に驚きつつも、その表情に、ライブに行くことは諦めそうにないと感じ、これは逆に僕もライブに付いて行って、終演後ダラダラさせず、テキパキ移動させた方が間に合うんじゃないか、という考えに至った。

 チケットを受け取り、仕事を終え、僕は一旦帰宅してからライブに行くことにした。帰り際、まだ仕事のあるらしい同期の男に「ライブ会場まで何で行くの?」と聞いた。すると「車で行く!」と言う。

 ライブ終了から焼肉屋の予約までの時間は短く、そのうえ道の混みそうな時間帯なので車移動は危ない。そう思い「時間ギリギリだし、車は時間が読めないから電車で来なよ」と言った。同期の男は「オッケー」と返事をした。しかし、僕はこの「オッケー」にどこか違和感を覚えていた。
 
 
 
 帰宅し、ライブの時間に間に合うように家を出て、電車を乗り継ぎ、開演30分前には会場に着いた。5000人程入るホールで、会場の外は人で溢れている。

 同期の男に着いているか、と電話をかけてみる。「はい!」と軽快に出たので「今どこ?」と聞いてみた。その問いに同期の男は「ちょっと電車じゃ間に合わなそうだったから車で向かってる!」と答えた。

 やりやがった。そんな予感はしていた。違和感の正体はこれだ。あの時の「オッケー」が妙に軽かったのだ。おそらく、これ以上車で行くと言うとうるさそうだから、今は一旦受け入れといて車で行っちゃえばいいや、という魂胆で発した「オッケー」だったのだろう。

「ちょっと電車じゃ間に合わなそうだったから」などという言い訳は嘘に違いない。そもそも、焼肉屋の予定が先に入っていたのだから、ライブに多少遅れてしまっても電車で来るのが正しいはずで、絶対に車で来るべきではない。

 この同期の男は欲望に素直なのだ。とにかくできるだけ自分のしたいようにしたい性格だということを思い出した。

 僕は「車で来ちゃってんじゃん」と返した。本来なら怒っていいところかもしれないが、ライブや焼肉屋に行く前に雰囲気が悪くなることを嫌い、怒りを最小限に抑えた「車で来ちゃってんじゃん」くらいで済ませたのだ。

 しばらくして駐車場に車を置いた同期の男がヘラヘラしながら歩いて来たので、一緒に会場に入った。あまり曲を知らないアーティストのライブだったが、それなりに楽しめて、時間通りに終演を迎えた。僕は終演直後に、名残惜しそうに席に座る同期の男を立たせ、パッパと会場を出た。そしてそのまま車を停めているという、近くにある大きめの駐車場に向かった。

 駐車場に着くと、途端に同期の男がキョロキョロし始める。様子を見ていると「車停めた場所わからなくなった!」と言った。

 迷惑な男である。車で来てしまった負い目を感じているなら、少しでも早く焼肉屋に到着できるような心づもりをしておくものではないのか。多分ライブに真っしぐらになっていたのだろう。

 結局駐車場を一周探し回ってようやく車を見つけ、乗り込んだ。焼肉屋までの道を車のナビで検索するとどうにか間に合う時間であった。

 ホッとした僕は、助手席に座りながら「焼肉食べたらお酒も飲むだろうし、帰りの運転は代行に頼むしかないな」と呟いた。すると運転している同期の男が「いや、車は家に置いてから店に行こうと思う!」と言う。

 は? ずっと何言ってんのコイツ? 眉間に皺を寄せてしまうのを抑えきれない。「いや、そんなことしてたら予約時間に間に合わないよ」と強めに返すが、同期の男は「いや、代行は使ったことがないから車を置いてから行く!」と聞かない。

 欲望に素直なのも良い加減にしてほしい。欲望を満たすためなら人の迷惑も顧みないらしく、その上頑固だ。この場合、予約をしたのは僕なので、連れのせいで遅れても店に責任を問われるのは僕である。だから良いだろう、と思っているのか、遅れられないという危機感がこの男にはまるでないのだ。

 とんでもない人間を焼肉に誘ってしまった。その後も何度か直接店に行くように促したが、聞き入れようとはしなかった。

 仕方なく同期の男の家に車を置き、タクシーで焼肉屋に向かった。結局10分遅れの入店となった。店員に予約名を伝えたが、幸い遅刻を咎められることはなかった。

 しかし「~時に予約されたお客様ですね?」としっかり予約時間を声に出されたことで、どこか咎められているような気がしたのだった。
 
 
 
 運ばれてくる肉を、自分の欲望を優先し僕との予定を蔑ろにしたこの同期の男は、焼いては美味しそうに食べ、レモンサワーを飲み「プハーッ!」と満足そうな息を吐いていた。

 僕はその様子を見ながら、今度もし大人数の飲み会があったら幹事はどうにかしてコイツにやらせよう、と思ったのだった。

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岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったデビューエッセイ集『僕の人生には事件が起きない」に続く、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』は2冊目の著書になる。

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