僕の人生には事件が起きない
2023/11/10

恥ずかしさで吐きそうに…美容師の妙な態度の原因が判明 ハライチ岩井がぞっとして冷や汗がでた出来事

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イラスト:岩井勇気(ハライチ)

お笑い芸人・ハライチの岩井勇気による連載エッセイがパワーアップして再始動!「人生には事件なんて起きないほうがいい」と思っていたはずが……独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴ります。今回のテーマは「美容室」です。

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 1年ほど前から家の近くの美容室に通っている。歩いて行ける距離にあることと、価格帯で割と適当に選んだのだが、通い続けることとなった。そもそも美容室の良し悪しが僕にはわからず、引っ越しと共に店を変えているだけだ。
 
 
 ある日、数日前にインターネットで予約した行きつけの美容室に歩いて向かっていた。5階建ての、フロアごとに1軒ずつ店の入っている建物で、その5階に美容室がある。

 建物に着くとエレベーターで上がる。5階でエレベーターのドアが開くと、降りてすぐ店舗といった作りなのだが、その日は少しだけ違和感を覚えた。

 いつもなら5階に着いてエレベーターのドアが開くと担当の美容師が待ち構えており「こんにちは。お待ちしてました」という挨拶と共に席に案内される。しかしその日はドアの先には誰もいなかった。

 店に入り、受付まで進むが店員はいない。しかし4、5人程の少数の店員でやっている店なのでこういう日もあるか、と納得し「すいませーん」と店の奥にギリギリ届くくらいの大きさで声を発する。

 すると僕を担当している40代半ばの男性美容師が奥から「こんにちはー」と歩いてきた。だが次の瞬間、その美容師との間に流れる空気に不思議なものを感じたのだ。「こんにちはー」という挨拶の後、どちらが喋り出すのかというような、1秒に満たない程の間(ま)があった。美容師がすぐに「どうぞー」と僕を席に案内したのだが、僕はその1秒に満たない間(ま)に妙な気持ち悪さを覚えていた。

 その後、席に座った僕に美容師は「今日はどうなさいますか?」と尋ねた。その質問にも僕はどこか拭えない違和感を抱いた。「いつも通りの髪型でお願いします」と言うと「わかりました。よろしくお願いします」と髪を切り始めた。

 店にはいつもより客が入っている様子で、他の店員も忙しなく動いている。そんな中、僕を担当している美容師も、僕より前に店に来ていた客が髪を染めている途中だったらしく、たまにそちらの様子を見に行きながら僕の髪を切っていた。

 この店にこれ程の客が入っていることが過去になかった訳ではないのだが、僕は多少忙しそうな美容師を見て、気遣うつもりで「今日大変そうですねー」と声をかけた。すると美容師も少し微笑みながら「嬉しいことです」と答えた。

 そのまま美容師は僕ともう1人の客に対応しながら散髪し、僕の髪を切り終えたタイミングでもう1人の客のほうは会計だったようで、僕のシャンプーをアシスタントの店員に任せ、会計と見送りをしに行った。

 このアシスタントの女性店員は店に入って1年足らずで、一度シャンプーをしてもらったこともあるのだが、あまり上手とは言えず、たまに爪が頭皮に当たるのが痛い。しかし、それくらいのことでシャンプーを他の店員に代わってもらったりしたら、行きつけの美容室との摩擦を生むことになりかねないと思い、髪を洗ってもらっている間は気にしないよう自分に言い聞かせていた。

 シャンプーが終わり、アシスタントに髪を乾かしてもらうと「失礼しましたー」と担当の美容師が戻ってきた。そして仕上がった髪型を最終確認して、小さく「よしっ」と呟き、散髪が終わった。その美容師の発した「よしっ」に、僕は仕上げの確認が済んだこと以外の意味が含まれているように感じられた。

 小さな違和感が次第に積み重なって行くが、僕は店に来た時からのこの妙な気持ちを解決できないままレジに案内され、会計を済ませて美容師に見送られながら店を出たのだった。
 

 次の月、先月の美容室での細かい出来事などとうに忘れた頃、1ヶ月経った髪は伸びて、そろそろまた美容室に行こうという長さになった。

 仕事が休みで予定のない日を確認し、いつものように携帯電話でインターネットの予約サイトを開く。その予約履歴にある、前回と同じコースと担当美容師を選べるボタンから予約する、というのが一番簡単な方法なので、履歴を開き、前回の予約を確認した。

 しかし、またしても妙なことに、前回の予約の日付けが2ヶ月前と表示されていたのだ。どう探しても先月行った時の予約の履歴が見当たらず、狐につままれたような気持ちで画面を見つめていた。だが3回ほど息をした時、ふと脳裏に浮かんだ憶測に、一瞬で前回の記憶が蘇り、それらが頭で繋がってしまい、ぞっとして背中を突き刺すような冷や汗が出た。

 つまり、僕は先月予約したと思っていたが、恐らく決定ボタンを押し忘れたなどして実際には予約できておらず、飛び込みの状態で店に行ってしまっていたのだ。違和感の原因がこれだったとすれば全てに合点が行く。

 エレベーターのドアが開いた先に店員が誰もいないのは当たり前で、奥から出てきた担当美容師との挨拶の後のどちらが喋り出すのかというような1秒に満たない妙な間(ま)も「今日の来店はどういう来店ですか?」という意味の間(ま)だ。「今日はどうなさいますか?」と言う美容師に対しても、散髪の内容を選んで予約したはずなのに1からのような質問をしてきたことに違和感を覚えていた。

 さらに、他にもう1人接客しながら僕の髪を切っていたけれど、向こうの客が正当予約客なのだ。僕のような野良飛び込み客のおかげで急に2人の客の対応を強いられて、さぞかし慌ただしかったに違いない。

 それにも拘わらず僕は「今日大変そうですねー」と間抜けな一言を放ってしまった。気遣いつつも、少し上から手を差し伸べるような気持ちになってしまっていたかもしれないと思うと、恥ずかしさで吐きそうである。美容師も内心「お前のせいだろ!」と思っていただろうが「嬉しいことです」と答える他無かったのだろう。

 女性店員のシャンプーにがっかりしている場合ではない。野良飛び込み客の僕などあの女性店員で十分だ。美容師の最後の「よしっ」にも、無事に一難去ったという意味が含まれていたのだ。その一難が僕のことだったとは露知らず。そして僕は飛び込みで髪を切ってもらったことへのお礼も言わずに、美容師に見送られながら帰ったのだった。
 
 
 何か嫌なことが起きたり違和感を覚えた時、自分を疑うことを忘れてはいけない。僕は予約サイトをそっと閉じ、その日は一旦予約するのをやめた。しかし数日後、普通に予約を入れたのだった。

(ハライチ岩井勇気さんのエッセイの連載は隔月第2金曜日にブックバンで公開。岩井さんが日常に潜むちょっとした違和感を綴ります)

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岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったデビューエッセイ集『僕の人生には事件が起きない」に続く、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』は2冊目の著書になる。

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