行儀は悪いが天気は良い
2021/12/24

芸人が天職なわけではない 「THE W」で話題のAマッソ加納が語る、芸人を目指した原点

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人気お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さんが綴る、生まれ育った大阪での日々。何にでもなれる気がした無敵の「あの頃」を描くエッセイの、今回のテーマは「最高の仕事」です。

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 ありふれた言葉だけれど、やはり人生にはさまざまな後悔がつきものだ。その感情をきちんと自分の中で受け止めているかどうかは別にして、どんな道を選んだとしても何ひとつ悔いることなく生きられている人はなかなかいない。

 特に芸人という職業は、舞台の上では目の前の人たちを笑わせることに集中しているものだから、自分でも驚くほど狭い視界での言動をしてしまうことがある。お客さんの前では強気に振舞っていても、袖にはけた瞬間に「なんであんな事言ったんやろ」「あれも言えばよかった」と後悔に襲われることは日常茶飯事で、他のコンビを見てもたいてい楽屋に戻りながら「あそこごめん」「いや俺も」と移動式反省会を始めている。ウケた時はまだいいのだが、スベった場合は目も当てられない。相方に「なんであんな事言ったん?」と言われても「いやそれは自分が一番思ってるから!」と理不尽に言い返す有様だ。さらに、その出番が決め打ちではないトークや企画コーナーならば、つい先ほどの自分を恥じるだけですむが、漫才やコントなどのネタがうまくいかなかった時は特につらい。ネタを書いた自分や稽古をした自分など、その日に至るまでのいろんな自分を一気に否定しなければならないのだ。そうしてひどい時には「やらなければよかった」まで行き着く。劇場では大勢のお客さんの前に立って自己顕示欲を満たしている一方で、毎日ジェットコースターのような自己肯定感急降下のリスクにさらされている。テレビで共演させてもらった大ベテランの先輩芸人も「後悔ばっかだよ」と嘆いていたから、これは今後も避けられない芸人の宿命なのであるのかもしれない。

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 後悔で言えば、私が新人の頃によく思っていたのは「あと少し早く、十八歳で芸人を始めていれば」というものである。

 今でこそ同期のありがたさを実感したり、大学時代の経験を生かせる機会があるおかげで、この年齢と芸歴で良かったと思えるが、当時はそうはいかなかった。実力が伴っていないのに偉そうに説教してくる先輩に対して、生返事をしながらも、内心「高卒で芸人始めとけばこいつにジュース買いにパシらせられたのに、くそ」と毒づいていた。芸人の世界では年齢や能力は関係なく、始めた時期で上下関係が決まるので、頭の中でその先輩が自分に敬語を使っているところを想像しては、有り得たかも知れない状況を進学によって逃したことを口惜しがった。今思えばきっとその先輩も、ろくに挨拶もしない生意気な私に対して「こんなやつの後輩じゃなくて良かった」と安堵していたにちがいない。

 そんなわけで日々後悔はなくならないが、幸せなことに「芸人にならなければよかった」と思うことは今まで一度もなかった。これは私だけが特別にそう思っているわけではなく、まわりを見渡しても芸人になったこと自体を後悔している人はあまりいないようにみえる。

 もちろんシビアな世界だから、ほとんどの人がこの仕事だけでは食べていけてはいないし、結果が出ない間は先が見えずに精神的につらいことも多い。それでもどうやら、芸人は芸人という生き方が好きすぎるようだ。だって、自分の言ったことで、見ている人達が笑うのだ。人を笑わせる以上に素晴らしい行為はない。だから芸人がこの世で一番最高な仕事だと信じてやまない。もはや芸人という職業に片思いしているといっても過言ではない。

 漫才の大会であるM-1グランプリが始まった当初の参加規定で「結成十年以内」という項目があった理由が「芸人を辞める踏ん切りをつけさせるため」だというのも頷ける。なにかしらの節目がないと、こんな好きな仕事を自分から辞められるわけはないのだ。みんなできることならずっと芸人を続けていきたい。成功するのはほんのわずかだとわかっていても、自分には芸人が天職なのだと思いたい。

 私ももちろんそんな芸人の一人ではあるけれど、これまで十年間この仕事を続けてきて感じることがある。それは自分にとって、芸人が「天職なわけではない」ということである。こう書いてみると身も蓋もないが、実際いろんな芸人に出会うとわかる。芸人の中には、まるで生まれたときから芸人になることが決まっていたかのような、他の仕事に就いている姿が想像できないと思わせる、明らかに天職な奴がいる。売れている売れていないにかかわらず、そんな奴にはどうしたってかなわない。私は悲しいかな、あらゆる職場で働いてる自分がたやすく想像できてしまう。ではなぜ芸人になることを選んだのか。それは性質ではなく環境によるところがとても大きかったと思う。

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