戦後70年を背負う日本の国家防衛 緊張感あふれる渾身の謀略小説

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生還せよ

『生還せよ』

著者
福田 和代 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041034767
発売日
2016/06/28
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

戦後70年を背負う日本の国家防衛 緊張感あふれる渾身の謀略小説

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 福田和代の代表作になるのではないか、と目されている航空自衛隊員・安濃将文シリーズ、通称“せよ”シリーズの3作目が上梓された。今回の『生還せよ』は、もっとも緊張感にあふれている。謀略小説を得意とする著者、渾身の作品と言っていいだろう。

 前作『潜航せよ』のラストシーンで、安濃は彼の〈運〉を買われ、国家の安全保障上、必要な情報収集を行うアナリストとして、同期で親友の泊里三等空佐とともに内閣官房への出向を命じられた。災害、テロ、経済危機、食糧難、領土紛争など世界の混迷は深まるばかりだ。彼らに与えられた使命は、情報を収集し分析して、国の防衛に当たること。家族にも誰にも口外できない任務である。

 今回の任務は、表向きは内閣府に設けられた「遺骨収集対策室」への出向だが、その実はシンガポールにおける潜入調査であった。この地で軍事に転用できる映像解析技術が、アジア某国へ渡ろうとしていたのだ。産業スパイはカジノで大きな借金を負った技術者。だが、今一歩のところで、その男は殺され、犯人も取り逃がしてしまう。

 そんななか、内閣府大臣政務官の能任康一郎から新たな任務が課せられた。インドの空港で機密データの入ったパソコンを盗まれた、上島芳郎という会社員の保護である。だが上島もまた誘拐されてしまう。犯人を追った泊里も肩を撃たれシンガポール川に転落し、行方不明。安濃一人が事情も分からないまま、この地に残された。

 シンガポールでの日本人誘拐・行方不明事件が起こっている時、パシュトゥーン人のサイードの一家は、兄のムハンマドの結婚式の用意に追われていた。結婚の宴は七日間余り続く。客人は遠路はるばる詰めかけ、ご馳走を食べて踊りながら二人を祝福するのだ。

 だがその平和は木っ端微塵となった。人々が集まる建物をめがけて爆弾は落ち、サイードとすぐ上の兄のアフサン以外の両親や兄弟はすべて殺されてしまったのだ。

 そしてもう一家族、この物語の重要なキャストがいる。安濃と泊里の案内役であるシンガポールの貿易商、李高淳とその家族である。一代で財を築いた華僑で大変な親日家だという。彼らから資金を借り、行方不明の上島と泊里を追って、安濃の追跡が始まった。

 一時代前の冒険活劇と違うのは、情報伝達のスピードだ。距離がどんなに離れていても、情報は一瞬で共有され、所在位置から携帯電話の内容まで手に入れることはたやすい。どちらが先回りして、必要な情報を手に入れるかは、コンピュータでは計算できない駆け引きが重要になってくる。そこでアナリストの安濃は自分の身分を隠し、周りの人間を利用することを画策し始めた。しかしそれは狐と狸の化かし合いにも似て、誰が一番有利に事を運んでいるかは、結果が出るまで分からない。一瞬の判断ミスが命取りになる。

 反対に戦後70年という時間が経っても、第二次世界大戦で戦没した日本人の遺骨は30万から40万柱も遠い土地で眠っていると言われている。終戦後、爆弾などを中国の一つの地に埋め、後年問題になり、現在もその処理が続いている場所もある。現在進行形の世界紛争と過去の戦争の処理が、何の違和感もなく共存しているのが日本の現状なのだ。

 安濃は上島と泊里の救出のため、密航船でパキスタンのカラチへ向かう。呉越同舟のようにして仲間とともに誘拐された者を追い、襲われ、人質を取り、交渉を続ける。第一作の『迎撃せよ』で強迫神経症にかかり、自衛隊を辞めようとしていた安濃の姿はどこにもない。過酷な状況が、安濃を一人前のスパイに育て上げていった。

 日本に残してきた安濃の家族との仲は? ライフルの名手、女性自衛官の遠野真樹の活躍は? そして謎の黒幕「伯爵」とは何者か。次の“せよ”シリーズで安濃が何を命じられるのか、今から楽しみである。

KADOKAWA 本の旅人
2016年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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