宮部みゆき エッセイ「なんでもありの船の旅」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

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宮部みゆき エッセイ「なんでもありの船の旅」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

知られざる宮部みゆきさん、小笠原クルーズ初体験紀行文! 豪華客船ふじ丸に乗船し、クジラにカジノに冷凍庫探検!? 六日間の船旅の全貌やいかに!?

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 おお、うるわしの船旅六日間。

 今年のGWに、新潮社広告部と商船三井広報室との肝煎りで、ワククシ宮部みゆきは、小笠原クルーズを初体験いたしました。豪華客船ふじ丸デラックスルームをひとり占め。クジラありカジノあり機関室見学からキャプテントークあり冷凍庫探険まで、なんでもありの超面白体験でありました。

 すべては、四月二十七日午後六時、東京港晴海客船ターミナル二階にて、乗船手続きをするところから始まりました。六日間分の手荷物一式は、事前に宅配便でふじ丸宛てに送ってあったので、ハンドバッグひとつの身軽さ。ここで強調しておきたいのは、客船による旅の場合は、交通機関と宿泊施設とが一体となっているので、数日間にわたって広いエリアを観光して回る場合でも、荷物の移動や荷ほどきの手間は、一度で済むということです。また、客船ターミナルでの手続きは、ホテルでのチェックインとほとんど同じ。蛇腹式のトンネルをくぐってターミナルビルから一歩踏みだせば、そこはもうふじ丸の中、というわけなのでした。客船イコール桟橋のイメージは、もう古いのです。

 出港は午後九時の予定。ふじ丸はまだ東京港内に停泊中です。わたしと、同行してくれた新潮社広告部のI氏とは、まず、この時間帯に供されるディナーを食べに、ダイニングルーム「ふじ」へと、いそいそ出かけていきました。旅の楽しみのひとつは食事――そして結論から申しますと、その大きな大きな期待よりも、はるかにそれ以上に、ふじ丸の食事は美味しかった! この六日間の旅から帰って体重を測ってみたら、二・五キロ太っていたというくらい。出港の夜のディナーはフランス料理でしたが、温かい野菜のスープにしてもカニ入りクレープグラタンにしても、ごく家庭的で嫌味のない味わい。さらに、和食も食べたいという人のためには、ビュッフェスタイルでちらし寿司と湯豆腐が用意されているという心憎さでありました。この和洋二系統メニューは、ただ単に盛り沢山の贅沢気分を演出するだけでなく、乗客の平均年齢が他のツアーに比べて高いということ、船旅初体験の乗客のなかには、やはり、海に慣れないうちはあっさりした料理を好む人が多いということもあって用意されているものなのです。

 ここで強調のふたつ目。船旅で、同じダイニングで食事を続けていると飽きるのではないかとご心配の向きには、それは杞憂であると断言しておきます。しかも、大いに遊んでお腹をすかしている乗客のために、朝食から夜食まで、ほとんどフルタイムで美味しいものを提供してくれるのですから。

 さて、九時ジャストにいよいよ出港。映画などではお馴染みのあの銅鑼の音を背中に、見送る人たちに紙テープを投げ、夜の東京湾へ……。エンジンの振動を心地よく感じながら夜景を眺め、大浴場でのんびり湯舟につかり、サウナに入って汗を流していると、やがて「ゆらり」と感じました。これが東京湾を抜け浦賀水道から太平洋へ出たしるしだったのです。確かに、外洋へ出ると、揺れ方が違ってきます。しかし、揺れるといっても、ごく些細なもの。これが本格的なクルーズ用客船の違うところで、今回の旅を取り仕切り、わたしとI氏の案内役を勤めて下さった商船三井広報室の勝海さんのお話によると、

「ふじ丸には、最新の横揺れ防止装置『フィン・スタビライザー』がついているのです。これは、船体の左右の喫水線より少し下に取り付けられた、ちょうど飛行機の翼を短くしたようなひれのことなのですが、機関室でコンピュータ制御によりこのひれを微妙にコントロールすることによって、ローリング(横揺れ)を最小限度にまで減らすことができるようになっているんですよ」

 また、船の揺れをどう抑えるかというのは、客船ばかりでなく、貨物船にとっても、貨物の積載量と燃費、速度との兼ね合いで、今後の大きな研究課題であるのだそうです。スピードという点において航空貨物に大きく遅れをとっている海運業界にとっては、速度と揺れという問題は、一般にわたしたちが「貨物船にはプロしか乗らないんだから揺れても大丈夫なんじゃないか」と考えるほど、単純なものではないわけですね。

 六日間のうち三日半は洋上ですが、退屈しているヒマなどなし。船内では様々なイベントが用意されており、プログラムの詳細は、毎日発行される船内新聞「ポート・アンド・スターボード」を通して乗客に報されます。小笠原に上陸しているときを除き、往復の旅路でわたしとI氏が参加したイベントだけでも、「カジノ教室」「ロープ編み教室」「キャプテン・トーク」「アフタヌーンジャズ」「テーブルマジック講座」などなど。他にもスクエアダンスを習う人あり船上運動会に参加する人ありで、乗客はみんな思い思いに楽しんでいました。といっても、イベント参加もよろしいが……と、不肖ワタクシはもっぱらサンデッキで青い海と空をぼんやり眺めつつ、居眠りばかりしていたのですが、これがまた気持ちいいのです。そして、ここが強調の三つ目。物見遊山は楽しいけれど、移動は疲れるというのが旅ならば、船旅は、旅にあって旅にあらずと言い切れます。移動のあいだののんびりとした時空間、浮き世の憂を、丸ごと全部陸に置いてきぼりにしてきてやったぞぉ、という快感! たまりません。

 また、その一方では、ふじ丸の澤山キャプテン、猪狩機関長、武馬チーフパーサーから親しくお話をうかがうこともできました。まさに世界の海を又にかけている皆さんの体験談に、時間を忘れて聞き入ってしまいました(ちなみに、皆さんが一致して「やっぱり異文化で、よくわからないところですねえ」とおっしゃったのは、中東諸国でありました)。また、ふじ丸の渡邊ドクターは、中曽根内閣の頃に海外の領事館勤務をされていたという外務省出身のコスモポリタンで、話の玉手箱のような方でしたし、出港中はほとんど休みなくスケジュールをこなしている良波ヘッドシェフにもお目にかかり、ギャレーから冷凍庫、食料貯蔵庫まで見学。シェフのお話では、これまでで一番たいへんだったのは、台風に遭遇し、乗客が誰もディナーに出てこないので、ギャレーの二十二名総出でおにぎりをつくったときだったそうです。きわめつけは、猪狩機関長の御案内による、機関室一周の探険です。ふじ丸の推進システムの説明から、自給自足の発電の仕組み、蒸気を利用した空調管理、それらすべてを取り仕切るコンピュータ。無駄を省き、最大限の高効率を追求したシステムは、原子力発電所のそれを思わせるものでした。ふじ丸は、都心のホテルを思わせる豪華な外見の下に、ハイテク船としての素顔も隠しているのです。

 探険の最後に、「映画『ポセイドン・アドベンチャー』で、登場人物たちが最後に脱出した場所をお見せしましょう」と、「エスケープ・トランク」という緊急脱出口まで開けて見せていただきました。喫水線下から海上にのびる一直線の梯子は、なんともはや、もの書きの下心を気持ちよく刺激してくれるものでありました。

 復路、小笠原父島を離れてまもなく船内アナウンスがあり、ふじ丸の左舷前方をゆっくりと南下しているクジラの背中を見ることができました。アナウンスがあったとき後部スポーツデッキにいたわたしは、ふじ丸を縦断してふっ飛んで行ったのですが、クジラが尾ビレたたきをする瞬間には、残念ながら間に合いませんでした。そこに居合わせて、「見ました、写真も撮りました」と顔をほころばせていた中年のオジサマは、連夜カジノで儲けまくっていた方でもありまして、(クソー、ついてるヤツはどこまでもついてるのだ)と、ミヤベは悔しがったのであります。

 このように、乗客同士が顔見知りになり親しくなるというのも、船旅の魅力のひとつです。カジノでルーレットに盛りあがり、家族旅行に来ていた中学一年生ぐらいの男の子(この子がまた、凄い博才があった!)と仲良しになり、プチ紳士のこの少年に、チップをプレゼントしてもらって喜ぶわたしに、I氏曰く「宮部さん好みの男の子ですねえ」。

 まさにそのとおり。誰も彼も、ふじ丸もクジラもこの船旅も、みんなみんな、いつかきっと作品にしてみせるからねと心に決めて、わたしのクルージングは終わったのでした。

新潮社 波
1993年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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