『アメリカ大統領は分極化した議会で何ができるか』
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大統領制と議会の関係を実証的に研究した優れた書
[レビュアー] 西川賢(津田塾大学教授・政治学)
トランプ新政権が発足してからこのかた、アメリカの大統領に関する報道を見聞しない日がない。しかも、報道内容の多くはセンセーショナルな内容である。二条河原落書ではないが、「この頃都に流行るもの。陰謀、辞職、ツイッター。大統領令、嘘ニュース」といったところか。
だが、そのような表層的なニュースを血眼になって追いかけるよりも、アメリカ政治を理解する上では、以下のような基礎知識を正確に身につけることの方が重要である。20世紀の中葉以降、アメリカ政治の中で大統領が果たすべき役割はどのように変わったのか。また、それはどのように変わり続けてきたのか。そして、現在のような時代における「望ましい大統領」とはどのような大統領であるといえるのか。
これらの問いに対する答えは、『アメリカ大統領は分極化した議会で何ができるか』に全て書かれている。
著者である松本俊太氏によれば、20世紀中葉以降の大統領は「政党の顔」としての側面を強く持つようになり、選挙を通じて改革の方向性を示してきた。そして、当選後は「行政の長」として議会に改革を実現させることで国をまとめてきたという。このような大統領のあり方を「現代大統領制」という。
ところが、松本氏は、近年このような現代大統領制のあり方に変化が見られると指摘している。その背景には、連邦議会において「分極化」と呼ばれる現象が進行したため、「政党の顔」としての大統領により大きな重点が置かれるようになり、大統領の一挙手一投足が党派的な行動として理解されるようになったことが大きく作用している。当然、大統領の行動が党派的なものとして理解されるほど、「行政の長」として超党派的に国をまとめていくことは難しくなってしまう。これは現在の大統領が統治を進める上で抱えざるを得ない深刻なジレンマなのである。
松本氏は、このような状況の下では大統領はなるべく「行政の長」に徹し、「政党の顔」としての側面を抑え、立法活動に介入することを極力控えるとともに、場合によっては大統領には、野党に得点を稼がせて勝ちを譲るような判断が要求されると指摘する。この点について、「矛盾するようになっている目標を達成するためには、現在の大統領は、かつての大統領以上にリアリストでなければならない」との指摘は大変意義深い。
本書の内容を踏まえた上でトランプ新政権下の政治状況を分析しようとすると、以下のような問いが浮かび上がってくる。すなわち、トランプ大統領は「リアリスト」として振る舞っているのだろうか。トランプ大統領は「政党の顔」ではなく、「行政の長」に徹することで分極化した政治状況にあわせた合理的言動をとり、現実的な統治を通じてアメリカを導きつつあるといえるのだろうか。
問いに対する答えは読者の判断に委ねたいが、本書の知見を踏まえた上で現在のアメリカ政治を冷静に分析することは、もはやエンターテインメントと化したアメリカ政治についての報道を追いかけることよりも、はるかに重要な意味を持つ。
本書は学術的な論点が多岐にわたるため、一般読者が読みこなすには、やや難易度が高く感じられるかもしれない。だが、法学部で政治学を学ぶ大学生、そして大学院で政治学を学ぶ学生には本書を是非とも手にとってもらいたい。本書はアメリカの大統領制と議会の関係を実証的に研究した優れた研究書であるばかりでなく、アメリカの政治科学における理論的、方法論的、実証的知見のカタログとしても極めて有用である。