45年しか生きなかった作家「三島由紀夫」になぜ人は惹かれるのか?

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三島由紀夫論

『三島由紀夫論』

著者
平野 啓一郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104260102
発売日
2023/04/26
価格
3,740円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

その人生と作品を読み解きかくも優れた変奏が生み出された!

[レビュアー] 西川賢(津田塾大学教授・政治学)

 45年しか生きなかった作家・三島由紀夫になぜ人は惹かれるのか。もとより評者など、作家でもなければ文学を専門とする研究家でもない。一介のディレッタントとして三島に魅せられ、作品を読み込んできた。

 評者が三島に惹かれるのは、三島が遺したテキストの背後に重大なメッセージが秘教主義的な形で隠されているように感じられ、それを解明することで三島が生きた時代、ひいては日本という国を理解するヒントが得られる気がするからである。この営みは、いわば相対化された形での「自己理解の試み」である。

 二十有余年を費やして言葉を継ぎ足しつつこの大作を書き上げた平野氏も、三島の秘教的メッセージを読み解く誘惑に駆られてきた一人であろう。平野氏は三島の作品読解を通じて何を語ろうとするのか。評者の見るところ、平野氏が三島に仮託して試みるのは、戦前・戦後の日本社会に生じた「断層」について考究すること、いわば「昭和時代の歴史的相対化」である。

 本書において、平野氏は三島の文学作品の中から四作品を対象に選び、明示した基準を外的に当てはめて価値づけを行う。「文学作品に対する内在的批評」という王道的手法により、平野氏が展観する三島の文学世界は深甚・複雑かつ絢爛華麗なもので、三島の実存的孤独に基づいて生み出された作品群が彼の天才によるものであることを再度確信した。安易な読解・理解を許容しない孤高の芸術たる点において、三島文学は文学の一つの理想を達成している。

 評者は平野氏の対象との距離の取り方に好感を抱く。本書において、著者は三島のセクシュアリティに踏み込む。あくまでそれは作品を内在的に読み解くために作家の実存に迫ることに止まり、妥当な範囲を超えた詮索や憶測を行う暴露的なものではない。さりとて、著者は三島を無暗に賛美することもなく、「生き残ってしまったものの苦悩」が三島の戦争理解を歪めていると指摘したり、「自由な創造主体たる日本文化」に対する理解に看過しえない論理の飛躍が見られる点を指摘したりするなど、三島の矛盾や限界に言及することを忘れない。しかし、それは決して三島に対する皮相な悪口ではなく、三島自身の思想と行動を拘束していた「昭和」という時代固有のエピステーメーへの批判と解すべきである。

 三島由紀夫の人生と作品について、かくも優れた変奏が新たに生み出された。同い年の評者としては、嫉妬さえ感じてしまう程である。

新潮社 週刊新潮
2023年6月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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