橋爪大三郎は『騎士団長殺し』を読んで村上春樹による最良の村上春樹論と断言する

レビュー

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騎士団長殺し 第1部

『騎士団長殺し 第1部』

著者
村上, 春樹, 1949-
出版社
新潮社
ISBN
9784103534327
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

騎士団長殺し 第2部

『騎士団長殺し 第2部』

著者
村上, 春樹, 1949-
出版社
新潮社
ISBN
9784103534334
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

橋爪大三郎は『騎士団長殺し』を読んで村上春樹による最良の村上春樹論と断言する

[レビュアー] 橋爪大三郎(社会学者)

橋爪大三郎
橋爪大三郎

 村上春樹の新作『騎団長殺し』が話題だ。読みどころはどこか。
 今回の主人公は画家。作家に近い。村上春樹が手の内を明かすかのような作品だ。
 主人公の「私」は妻と別れ画家・雨田具彦の山荘に間借りする。具彦は友人の父、療養所で死の床にある。彼は昔ウィーンに留学中ナチ高官暗殺計画に連座し、送還されて洋画から日本画に転向した。
 私は屋根裏で彼の傑作「騎士団長殺し」を見つける。果たすはずだった暗殺の情景に私は衝撃を受ける。抽象画をやめ、肖像画で日銭を稼いでいた私は、対象の裏に潜む真実を画面上に表す、具象画の創作の手応えをつかむ。
 具彦を受け継ぐ私は、文学の正統を継承しようとする村上春樹の自負の表れだ。
 顕れるイデア、とは何か。イデアは騎士団長姿の小人。時空のなかにおらず、誰にも見えるわけではないが、創作に不可欠なものだ。遷ろうメタファー、とは何か。メタファーは有用でも二重メタファーは有害で、正しい思いを貪り食う。私はイデアに導かれ二重メタファーと戦い、現実の世界への帰還を果たす。
 世界は《時間と空間と蓋然性》からなる、とイデアは言う。世界はこうかも、ああかもしれなかった。どんな出来事にも原因があり、原因にはまたその原因があって、追いきれない。ゆえに世界はどうしても、不透明で不条理だ。私はこの小説を、回想として書いている。回想のなかの過去は動かせない。決定論の世界だ。だが過去が現在だった当時、人は迷いつつ歩んだ。つまり誰もが決定論と自由との狭間を生きている。小説はその様を、時空に縛られないイデアとメタファーを借りてストーリーに紡ぐのだ。
 騎士団長姿のイデアは、私のすべてを見通す、神のごとき視線をそなえている。いっぽう過去を回想する私は、ストーリーのすべてを見渡す。小説を紡ぐ作者の視線だ。
 私はストーリーの結末を知っているのに、なぜその瞬間ごとをリアルに掴めるのか。創作の秘密だ。じっと息を詰め集中してその瞬間の状況に入り込み、そこで起こる通りを書き留める。暗い井戸の底に耐える、孤独な作業だ。喉が渇けば冷蔵庫を開けビールを飲む。洗いたてのチノパンで散歩に出る。選び抜かれた心象でその瞬間を構成する。抽象的な具象画の世界だ。
 これはすべての作家に共通する作業だろうが、村上春樹は方法意識と筆力がとび抜けている。ただこれだけだと、金太郎飴のようである。そこで長編の場合、ひねりを加える。その1、夢をみる。その2、誰かが死ぬか行方不明になる。その3、実在しない存在(羊男とか)が登場する。その4、井戸やトンネルで時空をワープする。その5、二本のストーリーを並走させ切り替える。こうして村上春樹ワールドが出来あがる。
 ――のかどうか、本人に聞いてみないとわからない。でも本作は創作の舞台裏を、ネタばれ寸前まで明かしていると読める。主人公の「私」は色彩ばかりか、姓名もない。それだけ普遍的な場所に出たのだろう。自身による最良の村上春樹論なのである。

太田出版 ケトル
Vol.36 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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