『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』
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『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』
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豊崎由美は『騎士団長殺し』について書いていたら残念、紙幅が尽きました
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
村上春樹の最新長篇『騎士団長殺し』は、エージェントを通じての依頼で肖像画を描く有能な画家である主人公の〈私〉が、36歳の時に経験した9ヶ月間にわたる〈説明のつかない混乱状態〉を回想するというスタイルの物語になっている。
他の男とセックスしていて、あなたと一緒に暮らすことはできそうにない。3月半ばに妻のユズからそう切り出された〈私〉が、最小限の荷物だけ積みこみ、愛車のプジョー205であてのない旅に出る。途中、もう仕事ができなくなった旨をエージェントに連絡。約1ヶ月半、東北と北海道をめぐるも、国道6号線のいわき市手前で車の寿命が尽きて、東京に戻ることに。帰るところのない〈私〉に居場所を提供してくれたのが、美大で同じクラスだった友人の雨田政彦。小田原郊外の山中に、認知症が進んで今は伊豆高原の高級養護施設に入っている、高名な日本画家の父親・具彦がアトリエにしていた持ち家があるので、そこに住めばよいと言ってくれたのだ。
屋根裏で見つけた、具彦の未発表作品で、オペラ『ドン・ジョバンニ』の騎士団長殺しの場面を日本の飛鳥時代に翻案して描いた一幅の絵。法外な報酬で肖像画を依頼してきた、美しい白髪が特徴的なイケてる54歳男の免色。具彦の家と谷間をはさんで向かい側にある、免色の白いコンクリートの豪邸。夜中、外から聞こえてくる鈴の音に導かれるようにして発見した、方形の石が無造作に積み上げられた小さな塚。後日掘り起こしてみると石室になっており、その底にあったのが古代の楽器のような鈴。絵を描くためのスタジオの棚に置いておいたところ、またも夜中に鳴る鈴の音。見に行ってみると、そこには身長60センチほどの騎士団長がいて――。
と、ここまでが上巻3分の2くらいまでの物語。その後、車での旅の途上で出会った、まがまがしい雰囲気をまとった白いスバル・フォレスターの男や、12歳で死んでしまった〈私〉の3歳年下の妹・コミ、免色が自分の子供じゃないかと思っている少女・まりえ、留学していたウィーンから帰国後、なぜか西洋画から日本画に転向した具彦などなど、たくさんの要素が、物語本線に合流していくのだ。
こうして粗筋を紹介すると、面白そうでしょ? 実際、これがあなたの村上春樹作品体験1本目なら、かなり楽しめるはず。でも、1979年に「群像」に掲載されたデビュー作『風の歌を聴け』以来、ずぅーっとこの作家の新作をリアルタイムで読んできた身からすると、意匠としての物語は新鮮でも、その核となる人物設定やモチーフなどが、これまでに発表された作品のそれと金太郎飴のように似通っていることに、既視感を覚えるばかりなのだ。
詳細なメモを取りながら見つけた多くの同工異曲ぶりや、エピソードの中に見られる齟齬や不自然な設定、茶化しどころなどについても具体的に触れたかったんですが、残念、紙幅が尽きました。続きは4月17日に刊行される大森望との共著『騎士団長殺しメッタ斬り!』(河出書房新社)で、ぜひ! ←宣伝かっ!