時代劇は殺陣と人情に尽きる 『天神小五郎 人情剣』辻堂魁

レビュー

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天神小五郎 人情剣

『天神小五郎 人情剣』

著者
辻堂魁 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758440981
発売日
2017/06/13
価格
669円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

時代劇は殺陣と人情に尽きる

[レビュアー] 山内茂樹(編集プロダクション主宰)

 団塊の世代(六十八~七十歳)が時代小説を真面目に描くとこうなるという、いい見本のような小説である。
 筆者も団塊の世代に半分籍を置く年齢ではあるが、子供の頃は、ラジオドラマの「新諸国物語」シリーズや「赤胴鈴之助」に耳を欹て伝奇的な時代劇に興奮し、町(中部地方の小さな城下町)に一館しかなかった映画館に入り浸っては、「紅孔雀」や「里見八犬伝」「忠臣蔵」「一心太助」等の血湧き肉躍る“東映時代劇”に没頭したものである。
 因みに漫画は手塚治虫の「鉄腕アトム」に横山光輝の「鉄人28号」、杉浦茂の「猿飛佐助」に、貸本漫画では白土三平の「忍者武芸帳」等々であった。
 TV時代になればなったで、「隠密剣士」や「月光仮面」、後の時代になるが「三匹の侍」「木枯し紋次郎」世代ということになろうか。
 つまり戦後の子供向けポップカルチャーにどっぷり浸った、昭和の古き良き時代を経験したタイプというわけなのである。
 今これらの作品を見返してみれば、とてもチープで単純極まりない筋立てに呆れ返るばかりだが、幼い心には、それが真実か?かは別にして日本のチャンバラ活劇を堪能させてもらえた大変重要なコンテンツだったことは間違いないだろう。
 辻堂魁という作家は、間違いなくこうしたコンテンツをくぐり抜けてきたタイプである。
 基本は“人情”と“チャンバラ”である。最後に「正義は克つ」という世界だと思ってもらってもいいだろう。そうした信念を濃厚に持った作家なのである(勿論、実際は汚辱に塗れた世界ではあるが)。
 辻堂魁の作品は「風の市兵衛」シリーズや「夜叉萬同心」シリーズが有名だが、いずれも寡黙な主人公が知人や友人、又は自分に降りかかる、“悪”という火の粉を正義の剣で振り払うというものである。
 主人公がストイックなのである。そして物語にカタルシスがある(最後に勝つわけだから)。爽快感があり、はたまた溜飲を下げるという小気味よさがある。
 正に東映時代劇の世界そのものである。東映時代劇もお姫様や鳥追い女が出てきても、主人公とは当然肉体的には何もなく、最後はめでたしめでたしで終わるわけである。
 しかし現代の時代物の世界は無論、そんなに牧歌的ではない。悪はどんどん込み入った悪になり、「水戸黄門」のような分かり易い越後屋クラスとは格段にレベルが違う。
 下手をすれば主人公の方が悪役にもなり、敵役にも一理ありという状況さえ現出する。
 そのような複雑怪奇な状況を描きながら、しかし辻堂作品は東映時代劇のようなカタルシスを我々に与えてくれる。
 その秘密(というほどでもないが)は、“哀しみ”にある、と思う。人情と一言で言ってしまっては本当に身も蓋もないが、辻堂作品には哀感・哀切(哀愁ではない)が常にあるようだ。主人公をも含めて生きていることそのものの哀しみが横溢している。が、それが悲哀に堕していないもう一つの秘密が“愛”であろうか。
 人物や道具立て(街であり、剣であり、いっそそれら全てをひっくるめて佇まいと言ってもいいが)に注がれる作者の眼差しは正に“愛”である。単に斬られ役としてチョイ役で出るだけの人物にも少なからず個性を与え、それが物語に言うに言われぬ深みと陰影を与えている。つまり作者は登場人物一人ひとり、街の風景一つひとつに目配りしつつ描いているというわけである。
 最初に述べた、団塊の世代(全共闘世代でもある)が描くとこうなる、という意味は、良くも悪くも正義を貫いてこその“愛”を描いているということである。幼少時から時代劇に親しんで、物語のコツを掴み、かつ洗練されたストーリーをも構築でき、人物の陰影も描けるといった、大人の小説だと言えようか。
 今回の『天神小五郎人情剣』もそうだ。辻堂作品の王道を行く要素が全て詰まっている作品とでも言うか、作者の生真面目な人柄の良さが滲み出てくるような小説なのである。
 今更の作品紹介で申し訳ないが、主人公は八丁堀天神小路に煮売屋の店を構える小五郎で、前身は訳ありの元武士で、寡黙。しかし道理に合わぬことには見て見ぬ振りが出来ずに最後は一戦を交えるというタイプである。かつそれを慕う人物(このような人物は普通女性なのであるが、今回は男性と犬と猫が登場し、これがいい働きをする!?)も登場するという、これぞ今現在における時代劇の定番、と言って悪ければ、最高到達点と言うべきだろうか。
 さて戦後の時代劇の道のりも、六十年近くを過ぎて、思えば遠くに来たものだ、という感を深くする。
 辻堂魁──五十代でデビューして十年目の遅咲きだが、今や脂が乗りに乗ってきており、時代劇の少なくとも最良部分の作家が、ここに花開いているのだから、我々真正(?)の時代劇ファンとしては読まない手はないと思うのだが。
 筆者は会う人(主に団塊の世代だが)ごとに、辻堂魁という作家の作品を読んだか? という押し売りじみた言を日々投げかけている。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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