父、突破者の「コッテ牛」 その生涯を追った怒涛の一巻
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
著者の上原善広はデビュー作『被差別の食卓』(新潮新書)で注目を浴びたノンフィクション作家である。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『日本の路地を旅する』(文春文庫)など、日本の被差別地域や文化を取材した作品を書いてきた。
本書は出身地である大阪府のほぼ中央にある松原市の路地、更池(さらいけ)を舞台に父親の上原龍造の生涯を描いた、自伝的なノンフィクションだ。
敗戦後、まだ貧しかった昭和24年に生まれた龍造は3歳で母と死に別れる。その後、手が付けられない暴れん坊を意味する「コッテ牛」と綽名されるほど凶暴に育った龍造は、学校にも行かず見習いとして「とば」に働きにきていた。15歳のときにはその「とば」で、3歳年上の極道、武田剛三と喧嘩沙汰を起こす。生意気な龍造を〆るために呼び出した剛三が、牛刀を振り回して追いかける龍造から逃げ出したのだ。龍造は一生剛三を許すことができず、人生に大きな関わりを持つこととなった。
食肉業界で一旗揚げようと決意した龍造はまず、豚や牛を「割る」技術を磨く。部位を正確に見分け、販売店の注文に合う捌き方を身に着ける。「捌き」のできない者は経営者になっても職人たちの尊敬を集めることができないのだ。龍造は独立を見据え、技術を磨いていく。金さえあれば差別なんてされない。龍造の評判は上がっていった。
商店を立ち上げる段になると、資金調達の問題が持ち上がる。部落解放同盟の融資の窓口が、かつて牛刀で追い回した武田剛三だと知って断念し、他の道を探すことになる。
同和利権を取り巻く時代の波を泳ぎきるため、龍造は右翼や共産党、ヤクザなどと手を結び、更池一の商店を築き上げていくのだ。
息子から見た父は暴君以外の何者でもなかった。だがこの作品を書くために正対した父の歴史は想像以上に壮絶だった。一つの区切りをつけた上原善広の次の本が待ち遠しい。