伝えたいことをスッキリ整理するために必要な「ソラ・アメ・カサ」とは?
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『5秒で伝えるための頭の整理術』(松本利明著、宝島社)の著者は、人事・戦略コンサルタント。PwC、マーサー、アクセンチュアなど外資系大手のコンサルティング会社で人事改革や人事開発に25年以上関わってきたという人物。
前著『「ラクして速い」が一番すごい』をご紹介したこともあるので、記憶に残っている方もいらっしゃるかもしれません。
ところで著者は、日系・外資系の大手から中小までさまざまな企業と接し、多くのリーダーの選別・育成をしてきたなかで驚いたことがあるのだといいます。
経営者、リーダー、現場の方々のすべてが、「話の伝え方」で同じように悩んでいるということ。正しく伝わるように努力をされているのに、「しっくりこない」という人が多いというのです。
しかし著者によれば、話が伝わらないことには根本的な原因があるのだそうです。それは、頭の中がスッキリ整理されていない状態で考えながら話すから。
いろんな問題が複雑に絡み合った状態のまま伝えようとするから、よけい複雑になってしまうということです。
そこで、まず頭に入れておきたいキーポイントは、「5秒」なのだとか。話を伝えるのに5秒以上時間がかかるということは、「まとまっていない」のと同じこと。30秒で伝えるときも、キーになるのは最初の5秒。5秒で相手の関心を引きつけることができれば、9割は成功だというのです。
もちろん5秒まで絞り込むには、スッキリ整理する必要がありますが、そのポイントは次の4つだといいます。
①複雑な問題を整理
②相手に伝える順番を判断
③お互いの認識のズレを修正
④この①~③を仕事の場面に応じて使いわける
(「はじめに」より)
そして、この難しそうな①~④が、ひとつのシンプルなツールを活用することによって実現できるのだそうです。それは、「ソラ・アメ・カサ」というもの。
マッキンゼーの日本支社がつくりあげた、フレームワークという問題解決のひとつの「型」です。
本書は、現場に身を置く普通のビジネスパーソンが「ソラ・アメ・カサ」を使い、自分の職場の仕事やコミュニケーションを改善することを目的として書かれたもの。
第1章「何かを伝えたいなら5秒で決める」のなかから、その使い方を確認してみたいと思います。
「ソラ・アメ・カサ」を使えば5秒で決まる、5秒で伝わる
いろいろなことか絡み合った結果、「なにがいちばんの問題なのか」がはっきりしなくなってしまうということはよくあるもの。そんなとき、絡み合った問題をシンプルに整理する道具として役に立つのが「ソラ・アメ・カサ」という「型」なのだそうです。
ソラ「空を見ると曇ってきた(事実)」
アメ「雨が降りそうだ(解釈)」
カサ「傘を持っていこう(判断)」
(20ページより)
事実を整理するとき(ソラ)、「どうなりそうか?」(アメ)、「ゆえに、どんな判断を下し、打ち手や行動を提案するか」(カサ)が「ソラ・アメ・カサ」。
この3つをセットにして考えると、複雑に絡み合った事象のつながりがシンプルに整理され、論理的に無理も飛躍もない判断ができるというのです。本当にそうなるのか、検証してみましょう。
ソラ「空を見ると曇ってきた(事実)」
のように、ソラ・アメ・カサの要素1つだけでは伝わりません。では、2つの要素ではどうなるでしょう?
ソラ「空を見ると曇ってきた(事実)」
アメ「雨が降りそうだ(解釈)」
となると、「そうですね。だからなんでしょうか?」と相手は考えることになります。
ソラ「空を見ると曇ってきた(事実)」
カサ「傘を持っていこう(判断)」
だと、「大げさだな」「心配性だな」「たしかに」というように、相手の意見はブレてしまうでしょう。
アメ「雨が降りそうだ(解釈)」
カサ「傘を持っていこう(判断)」
だと、「そうかな?」「私はそうは思わない」と意見が割れる可能性が生じます。つまり、「ソラ・アメ・カサ」のうちの2つの要素だけでは、正しく伝わらないわけです。
しかし、これが先に触れたように、
ソラ「空を見ると曇ってきた(事実)」
アメ「雨が降りそうだ(解釈)」
カサ「傘を持っていこう(判断)」
(20ページより)
という流れになると、違和感なく素直に頭が整理され、自然に正しく判断できるということ。相手にも正しく伝わり、正確に判断してもらえるわけです。
物事を決めるときには、「伝えることを話す側が決める」「聞いた内容で相手が判断する」という2段階があります。このプロセスはどうやっても外せるものではありませんが、「ソラ・アメ・カサ」はこの2段階を1つのツールで行えるもの。
だから著者はこれを、「優れたツール」だと表現しているのです。
キーになるのはアメ(解釈)。事実をどう解釈するかによって、想定されるゴール像が変わるということです。そしてゴール像が変われば、打ち手の判断も変わります。しかも事実の解釈により、アメは無数に存在することになります。
ところが、アメは日本語のやり取りをしているときには省略されてしまいがち。そのことを解説するために、著者はつきあいはじめたばかりのカップルの会話を例に挙げています。
「夜空がきれいだね」
「うん、そうね」
(23ページより)
一見通じているようにも思えますが、突っ込んでみると「星がたくさん出ていてきれい」「満月が大きくくっきり見えてきれい」「水面に映る満月と波紋がきれい」「街の灯りと星の光のコントラストがきれい」「流星群がきれい」「夜空に関係なく実は浴衣姿の君がきれい」など、「夜空」という事実は一緒でも、解釈により、「きれい」と感じるところが違うということが日常的に発生するということ。
・事実は「どこに焦点」を当てるか
・焦点を当てた事実を「どう解釈」するか
(24ページより)
プライベートならまだしも、ビジネスにおいてこの解釈のズレは致命傷になることがあるというわけです。しかも解釈のズレは、上司や取引先とのやりとりのなかで多く発生するため注意が必要。
ソラ(事実)「加湿器が欲しいというお客様が来た。相見積もりして安い方を買うと言っている」
アメ①(解釈)「壊れず長期間、安定的に使える商品を望んでいそうだ」
アメ②(解釈)「経費予算がなく、価格が安い方を選択せざるを得ないのかもしれない」
アメ③(解釈)「加湿器だけでなく、実は保湿機能付きを欲しいのかもしれない]
(24ページより)
アメによって、それぞれ打ち手も変わるもの。①であれば、「品質がよく壊れないので、ランニングコストを考えて10年使うならお得」という提案が考えられます。
②であれば、「やすく導入してもらい、部品や手入れなどのメンテナンスコストで調整して回収する」となるでしょう。
③になると、加湿器が欲しい理由を確認する必要があります。その結果、仮に「弱い喉をいたわりたい」のだとすれば、加湿・保湿機能に加えてハウスダストやカビ除去ができるクーラーなどの製品を提案する方向が見えてくるわけです。
ソラ・アメ・カサを身につけるのは簡単なこと。物事を考える際、伝える際に「ソラを伝えたので次はアメ、最後はカサ」と順番を守って考え、話すクセをつければいいわけです。
「ソラ」「アメ」「カサ」の3つが揃っていればいいだけなので、それはすぐ習慣になるといいます。
ちなみに、「3つ」というところにも理由があるようです。人はたくさんのポイントを目の前に広げられると、記憶できず判断もできなくなるもの。「ポイントは7つあります」と言われても、なかなか覚えられないわけです。
しかし「ポイントは3つまで」と心得ておけば、相手にも理解されやすくなります。そして、「ソラ・アメ・カサ」はそれにぴったりだということです。
5秒で伝えることができるなら、たしかにコミュニケーションは円滑になるはず。「話を聞いてもらえない」「伝えたいことが伝わらない」「簡潔にまとめて話せない」などの悩みを抱えている方は、本書を参考にしてみてはいかがでしょうか。
Photo: 印南敦史