『宿借りの星』
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奇才が放つ待望の長編 異世界版“ロードノベル”
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
日本SF大賞を受賞したデビュー単行本『皆勤の徒』から5年半。奇才・酉島伝法の待望ひさしい第2作にして初長編がついに刊行された。
時ははるかな未来。舞台は、かつて人類を絶滅させた多種多様な異形の殺戮生物たちが暮らす惑星。われらが主人公マガンダラは、脚が4本、目が4つのズァングク蘇倶(ぞく)。ヌトロガ倶土(ぐに)でそれなりの地位にあったが、罪を犯して断尾刑に処せられたうえ、祖国を追われて上空から砂漠に投下される憂き目に遭う。
〈内腱殻の形がくっきりと浮き彫りになるほど痩せこけた体に、何羽もの矮卑飛(わいひひ)がとまって套膚(はだ)の罅割れを啄んでいた。卑徒(ひと)が持ち込んだ翼系(よくけい)の卑物(ひもの)だ。痛みのあまり体を揺すると、弾かれたように飛び去っていく。腹の中で猛毒の詰まった貯護嚢が重々しく揺れ、胃袋の連なりが引っ張られる。周囲からはわずかに咒詛骸(じゅそがら)の球がからからと転がり落ちていく〉
というような調子で書かれているので読み進むのに多少の時間がかかるものの、1行1行、めっぽう楽しい。巻末解説で円城塔が書くとおり、そのうちに〈何が書かれているのかがゆっくりと、頭の奥深くの霞が晴れていくように染みとおってくるのが本書の醍醐味(だいごみ)〉なのである。
ちなみに著者によると、本書の骨格は「次郎長三国志」だそうで、凶状持ちのマガンダラは清水次郎長、兄弟分の契りを交わすラホイ蘇倶の相棒マナーゾは桶屋の鬼吉の役どころだとか。つまりこれは、オールディス『地球の長い午後』や椎名誠『アド・バード』、柞刈(いすかり)湯葉『横浜駅SF』の系譜に連なる異世界版のロードノベルというか道中もの。古典的な本格SFの構造なので、字面から想像するよりずっととっつきやすい。というか、人間ならざる登場人物たちにいつのまにか感情移入して、最後はついうるっとしてしまう人情噺でもある。自分の想像力が錆びついていないか、ぜひ本書でテストしてみてほしい。