『江戸の憲法構想』
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<書評>『江戸の憲法構想 日本近代史の“イフ”』関良基(よしき) 著
[レビュアー] 田中信一郎(千葉商科大准教授)
◆平和国家の思想的源流
日本政治には「大日本主義」と「小日本主義」という二大潮流が存在する。
大日本主義とは、国力(軍事・政治・経済)の増強を最優先の国家目標とし、もって安全と繁栄を確立しようとする。吉田松陰を起点とし、藩閥と軍閥が推進した戦前日本の国家方針であった。
他方、小日本主義とは、質実(経済と生活の質)の向上を最優先の国家目標とし、もって平和と豊かな社会を実現しようとする国家方針である。戦後の日本国憲法によって規定されている。
本書は、上田藩(長野県上田市)出身の赤松小三郎(こさぶろう)らによる六つの憲法構想を比較分析し、結果として小日本主義、そして日本国憲法の思想的な源流を明らかにしている。いずれも天皇を絶対的な主権者とすることなく、具体的な議会像を示すもので、なかには民選議会や基本的人権を規定する構想もあった。
江戸の憲法構想は、尾佐竹猛(おさたけたけき)・大審院判事の研究会で調査され、研究会の主要メンバー・鈴木安蔵を通じて日本国憲法にも影響を与えたと、本書は示唆している。
本書は、江戸の憲法構想を封じ込めてきた、明治維新を肯定的に評価する史観に対しても批判を行っている。その対象は、明治維新を封建体制の崩壊と近代国家の成立と論じた井上清、遠山茂樹、丸山眞男、司馬遼太郎である。
要するに、明治維新の帰結たるアジア太平洋戦争の悲惨な経験をせずとも、平和な社会を建設できた可能性があったと、本書は提起している。すなわち、明治維新をめぐる内容でありながら、本書は至って現代的意義を有する。
著者は以前に『赤松小三郎ともう一つの明治維新』『日本を開国させた男、松平忠固』を書いており、本書と合わせて三部作となる。著者は信州・上田高校卒業生を中心とする「赤松小三郎研究会」の一員で、郷里の人物である赤松と松平の研究を発展させて、本書を完成させた。大日本主義の長州レジームに対し、小日本主義の信州レジームを掘り起こそうとする著者の熱意がほとばしる一冊である。
(作品社・2420円)
1969年生まれ。拓殖大教授。著書『自由貿易神話解体新書』など。
◆もう一冊
『石橋湛山 思想は人間活動の根本・動力なり』増田弘著(ミネルヴァ書房)