北朝鮮の「リアル」を描く異色の傑作ミステリー

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

出身成分

『出身成分』

著者
松岡 圭祐 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041083291
発売日
2019/06/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

北朝鮮の「リアル」を描く異色の傑作ミステリー

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 北朝鮮を舞台にした日本ミステリーはまだ数少ない。現地取材の難しさ、資料不足等によるが、本書は脱北者の証言などに基づいて構築された、限りなくリアルな捜査小説だ。

 四一歳のクム・アンサノは日本の警察に当たる人民保安省の保安署員。疑わしい過去の事件を洗い直せとの上からの通達で、彼は一一年前に平壌郊外の肅川(スクチョン)郡の田舎で起きた事件――衛生班長ペク・グァンホが殺され、その傍で娘のチョヒが強姦され倒れていた事件の再捜査に乗り出す。唯一、現場の騒音と悲鳴を聞いたと証言した容疑者のイ・ベオク。ペク家を囲んでいた高い塀の由来や、妻ウンギョの泥棒疑惑とその後の彼女の自殺について明かす隣組の人民班長ムン・デヴィ。そして精液検査の事実に反し、乱暴したのは父親だったと主張するペク・チョヒ……。

 アンサノは当時の捜査の杜撰さに憤るとともに、みじめな逼塞生活を送るチョヒに同情するが、精液判定に疑問を呈する彼に、人民保安局の管理官は謹慎と交代を命じる。翌日アンサノは見知らぬ男から写真を手渡される。そこにはペク家の事件前日、現場近くの田んぼにたたずむ浮浪者然とした老人が写っていた。

 表題は彼の国の階級制度のことで、朝鮮労働党員を中心とした特権階級の核心階層、それより忠誠度の劣る動揺階層、反体制的な敵対階層に分かれる。アンサノ自身は核心階層だが、医師だった彼の父は朝鮮労働党幹部の殺害容疑で獄中におり、ペク家の事件の捜査次第では彼の出身成分も格下げになる恐れがあった。二転三転する捜査を通して描かれる、貧困や差別が横行する庶民生活の実態。そのドキュメンタルな筆致から、北の管理体制の恐ろしさもひしひしと伝わってくる。

『グアムの探偵』や『高校事変』等人気シリーズの傍ら、『ヒトラーの試写室』を始めとする歴史活劇でも気を吐く著者が満を持して放つ、日本人の出てこない異色の傑作だ。

新潮社 週刊新潮
2019年7月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加