今野敏「安積班」シリーズ最新作『炎天夢 東京湾臨海署安積班』ほか5作品

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  • 炎天夢 東京湾臨海署安積班
  • DEVIL'S DOOR
  • 織田一の男、丹羽長秀
  • 鬼人幻燈抄
  • 警察庁私設特務部隊KUDAN

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エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

猛暑が続いています。冷房の効いた部屋で、気分転換に読書はいかがでしょうか? 今回も、バラエティあふれた5作品をご紹介いたします。

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 今年の六月、NHK総合で放送されている『日本人のおなまえっ!』という番組に出演した。これは日本人の名前に関するバラエティー番組だが、時々、変化球の回がある。私がゲストとして呼ばれた回もそうで、テーマは“必殺技の名前”であった。なるほど、かつて『必殺技の戦後史』という本を出したことがあるので、私に声がかかったのだろう。

 番組の収録自体は、一時間ちょっとで、サクサクと進行した。それほど出番があるわけではないので、他の出演者の話を聞いていたが、とにかくみんな巧い。この手のバラエティー番組は、よく出演者が感嘆の声を上げたり、感想を口にすることがある。そのタイミングが見事なのだ。テレビで見ているときは簡単に思えたが、流れを壊すことなく声を上げるにも、技術とセンスが必要なことが、よく分かった。芸能界は大変なところだと、あらためて実感してしまったのである。

 そんな芸能界で起きた殺人事件を描いた警察小説が、今野敏の『炎天夢 東京湾臨海署安積班』(角川春樹事務所)だ。本誌に連載された「安積班」シリーズの、最新長篇である。江東マリーナでグラビアアイドル・立原彩花の死体が発見された。彼女を殺した犯人を、安積警部補率いる安積班が追う。

 殺人事件そのものはシンプル。だが、周囲の状況が、ストーリーを盛り上げる。死体の近くのプレジャーボートから、被害者のものと思われるサンダルが発見される。ボートの持ち主は、芸能界の実力者である柳井武春。各界に巨大な力を持つという柳井は、彩花を愛人にしていたようだ。また、柳井と親しい関係にあるらしい刑事部長が、捜査本部に張り付いている。周囲が、柳井や刑事部長に忖度する中、安積は真っすぐに捜査を進める。己の信念に従い、何者にも左右されない、安積の行動が痛快だ。

 とはいえ彼は完璧超人ではない。部下にも人間らしい感情を抱いている。刑事らしい刑事の村雨には苦手意識があるし、他人と違う視点を持つ須田はお気に入りだ。しかし安積は、そうした感情の偏りを自戒し、常にニュートラルであろうとする。その姿勢を、柳井や刑事部長にも貫くのだ。もちろんミステリーとして面白いのだが、安積を中心とした人間ドラマを見ているだけで楽しい。シリーズの魅力は、ここにあるのだ。

 おっと、『炎天夢』の話が長くなってしまったが、他にも紹介したい作品はたくさんある。まずは、東山彰良の『DEVIL’S DOOR』(集英社)だ。昨年末に刊行された

『夜汐』は幕末が舞台だったが、こちらは人型AI「操作されし者」の人権が認められた近未来である。主人公のユマは、マニピュレイテッドの射撃手。訳あって聖書型の悪魔のアグリと契約し、〈地獄の扉〉の手掛かりを求めている。またエクソシストとしても活躍。AIゆえに魂のないユマは、悪魔と戦うのに最適の存在なのだ。この設定がいい。人間とは違うユマの思考形態を、ちょっとした会話から浮かび上がらせる、作者の小説技法も優れている。

 冒頭でユマの力を読者に見せつけた作者は、おもむろにメイン・ストーリーを進める。マニピュレイテッドが人間によって、次々と殺される事件が発生。引き金となったのは、シオリという歌手の新曲「ブラック・フラワーズ」なのか。かつて不法入国しようとした両親をマニピュレイテッドに殺されたシオリは、人型AIを嫌う人間たちのシンボルに祭り上げられようとしていた。そんなシオリのボディガードをすることになったユマは、一連の事件の裏に潜む悪魔と対決することになる。意外性のある展開と、クールな戦闘シーンに大満足。痛快な作品だ。

 なおエピローグを読むと、本書はシリーズになりそうだ。というか、是非ともシリーズ化してほしい。ユマとアグリの活躍を、もっともっと知りたいのである。

 佐々木功の『織田一の男、丹羽長秀』(光文社)は、織田信長に仕えた仁将・丹羽長秀の人生を、『信長公記』を編纂した太田牛一の視点で活写した戦国小説である。第九回角川春樹小説賞を受賞した『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』は、やはり信長に仕えた滝川一益が主人公だった。もしかしたら信長配下の武将を、総浚いするつもりだろうか。

 それはさて措き、本能寺の変から物語が始まることには驚いた。混乱の中で丹羽家に身を寄せた牛一だが、長秀の言動に不可解なものを感じる。なぜ逆臣となった明智光秀を討とうとしないのか。なぜ羽柴秀吉に従うのか。牛一と一緒に、読者の疑惑も膨らむ。

 途中で気づいたが物語のポイントは、ミステリーでいうところのホワイダニットだ。長秀の不可解な言動の動機が、興味の焦点なのである。これを本能寺の変以後の時代の流れを通じて表現し、ラストに予想外の真実を明らかにする。戦国小説のファンはもちろん、ミステリー・ファンにも手に取ってほしい快作だ。

 さらにいえば本書は、太田牛一が編纂する『信長公記』の誕生秘話にもなっている。織田信長に関する一級の史料である『信長公記』に込められた、牛一の想いに胸が震える。戦国小説の新たなる収穫だ。

 中西モトオの『鬼人幻燈抄 葛野編 水泡の日々』(双葉社)は、インターネットの小説投稿サイト「小説家になろう」に発表された作品を書籍化したもの。現在、大量のネット小説が書籍化されているが、純然たる時代小説は稀だ。本書が呼び水になり、ネット発の時代小説の出版が増えてほしいものである。

 そう期待したくなるのも、この物語が面白いからだ。たしかに時代小説としては、単語のチョイスに甘いところがある。本書そのものもプロローグに過ぎず、「小説家になろう」でこの先を知っている人には、物足りなさが残るかもしれない。しかし作品から伝わってくる〝熱〟は本物だ。「いつきひめ」と呼ばれる巫女を中心にした、葛野という山間の集落。村の外で妹と一緒に拾われた甚太は、巫女を守り、鬼を討つ巫女守となった。実は妹の鈴音は鬼なのだが、それでも受け入れてくれた集落に感謝している。しかしふたりの鬼が現れたことで、甚太たちの運命は狂い始めるのだった。

 甚太と鈴音と巫女。三人の関係から生まれるドラマが、本書の見どころだろう。互いに相手のことを思いながら、厳しい道を選択した甚太と巫女。ある想いを秘めている鈴音。危ういバランスで成立していた三人の平穏が、鬼の登場によって脆くも崩れる。悲劇の果てに旅立つ甚太の姿は、力強く、そして悲しい。彼がこれから、いかなる戦いを繰り広げるのか、続刊を待ちたいものである。

 神野オキナの『警察庁私設特務部隊KUDAN』(徳間文庫)は、威勢のいいバイオレンス小説だ。ロシアの諜報員を激しい銃撃戦の果てに殺し、公安を追われた橋本泉南。左遷先で燻ぶっていた彼に、元上司が声をかける。攻撃特化の「特殊部隊」を作ってほしいというのだ。これを引き受けた橋本は、元部下でドMの比村香、妻子を殺され人生に絶望している友人のソロバン、元ハッカーのトマ、元死刑囚で近接戦の達人・時雨など、ひと癖もふた癖もある面々を集め、活動を開始する。一方、父親から受け継いだ会社を倒産させ、世の中を呪う瓜沢道三郎は、いつの間にか、犯罪ゲームの駒に仕立てられていた。

 大藪春彦賞候補になった『カミカゼの邦』で、現代の戦争を描き切った作者だけに、銃器を駆使したアクション・シーンは、血が滾る面白さである。人の命を簡単に奪う暴力描写も、たまらない迫力だ。テロ・新興宗教・人身売買など、現代の悪の諸相を露わにしながら、それを痛快にぶっ潰す。エロチックなシーンが多いのも嬉しい。これをシリーズ化してくれるなら、令和のバイオレンス小説を牽引する作品になるだろう。

 神家正成の『赤い白球』(双葉社)は、戦争に翻弄される、ふたりの若者を主人公にした意欲作だ。ひとりは朝鮮人の朴龍雅、もうひとりは日本人の吉永龍弘。平壌一中の野球部員の二遊間コンビである龍雅と龍弘は、共に甲子園を目指す。若き日に出会い、民族や立場を越えて友情を育む、ふたりの姿が眩しい。

 しかし日本が戦争に向かうと、彼らの人生も大きく変わる。龍雅は訳あって東京陸軍航空学校へ。龍弘は陸軍予科士官学校に入学。そして、さまざまな戦場体験を経て、龍雅が特攻隊員に、龍弘は友を送り出す立場になるのだった。

 デビュー作『深山の桜』から始まる一連の自衛隊ミステリーで、作者は一貫したテーマを示している。国家とのかかわりを通じて人間を描くことだ。本書のテーマも同様だ。撃墜王と囃されながら、自分の在り方に苦しむ龍雅。特攻隊員を送り出す立場に煩悶する龍弘。彼らを中心にして、戦争の実相が暴かれる。そして人が死ぬのも生きるのも、国家のためではなく、個人の大切な何かのためであるべきだというメッセージが、伝わってくるのである。

 という真摯な内容なのだが、一方で作者は、ミステリーの趣向も挿入。そういう話だと思っていなかったのでビックリ仰天だ。ミステリー作家としての、たしかな腕前も見せてくれるのである。

 最後はコマーシャル。現役で活躍中の女性作家のミステリーを集めたアンソロジー『あなたの不幸は蜜の味』『あなたに謎と幸福を』(共にPHP文芸文庫)を出版した。「不幸」はイヤミス、「幸福」はハートフルがテーマである。現代ミステリーのアンソロジーを編んだのは初めてなのだが、どちらも面白い作品を選んだと自負している。できれば二冊一緒に購入していただきたい。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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