<東北の本棚>民話と現実世界の近さ

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あいたくてききたくて旅にでる

『あいたくてききたくて旅にでる』

著者
小野和子 [著]
出版社
PUMPQUAKES
ISBN
9784991131004
発売日
2020/02/01
価格
2,970円(税込)

<東北の本棚>民話と現実世界の近さ

[レビュアー] 河北新報

 暮らしの中で語り継がれてきた民話を、著者は半世紀にわたり追い求めてきた。宮城県を中心に東北の山里や海辺の集落を歩き、子どもの頃に聞いた昔話を聞かせてもらう「民話採訪」を69年に開始。75年に「みやぎ民話の会」を創設し、消えゆく物語を丹念に記録してきた。
 本書は採訪の旅を振り返り、語り手たちの姿を生き生きと描く。民話といえば「かちかち山」や「食わず女房」といった話を思い浮かべるが、「むかしむかし」で始まらない物語が多く登場する。嫁ぎ先での苦難や山仕事の厳しさ、かわいがった犬猫の死。語り手の苦労話や世間話が、著者によって「これから実を結ぶ民話の芽」として再発見される。
 遠い戦地から届く「死の知らせ」を取り上げた章は、民話の概念を考察した。神棚の水が凍ったり、手元の石が割れたり、戦地にいるはずの肉親が夢枕に立ったり。「専門家は世間話的なものと位置付ける」とした上で、どんなに離れていても死を知らせる「魂のつながり」があり、「命ある民話の姿だ」と指摘する。一連の話を「現代の民話だ」と主張した児童文学作家の松谷みよ子さんの功績も紹介する。
 「記録からこぼれてしまった先住者の思い」を取り上げた章も興味深い。着目したのは、古代東北で朝廷への反逆者として描かれた蝦夷(えみし)の首領。大嶽丸、大多鬼丸、長面3兄弟などの名で東北各地の民話に登場する。
 征服者の坂上田村麻呂を「正義」とし、時に鬼として描かれる姿を、著者は「果敢な戦い」や「追い詰められた手負いの抵抗」の暗示と捉える。「人々が殺された名残をとどめるために、記録に支障のない話に仕立てた」と考え、正史に残らない民衆の思いを浮かび上がらせた。
 著者の旅路をたどると、民話と現実の世界の近さに驚く。「本当の話だよ」。そっとささやく語り手たちの声に耳を傾けたくなった。
 パンプクエイクス050(5373)8514=2970円。

河北新報
2020年5月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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