『Ultimate Edition』
書籍情報:openBD
<東北の本棚>時代の空気感 醸し出す
[レビュアー] 河北新報
同時代性を風刺的に表現することに定評がある著者が、報道記事などをモチーフに情報化社会のゆがみや社会の片隅に追いやられた人間模様などを描いた全16作の短編集だ。スマートフォンゲーム「ポケモンGO」や米国の実業家イーロン・マスクさん、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん…。現代を象徴する人間や事象を作中に巧みに登場させ、時代の空気感を醸し出した。社会の変化や不条理に翻弄(ほんろう)され、絶望的な状況にあっても突破口はあるというメッセージが全体の通奏低音となっている。
「Neon Angels On The Road To Ruin」は、裏社会の物語。電気自動車(EV)化の波が押し寄せる自動車業界を背景に、給油所での仕事を失ったバツイチの中年男が、慰謝料や養育費を払い続けるため、高級車窃盗団で一獲千金を狙う。しかし、別の窃盗団の縄張りを荒らしてしまい、命の危険にさらされる。
「There’s A Riot Goin’ On」は、2021年10月31日に東京都調布市を走行中の京王線特急内で起きた乗客刺傷事件をほうふつさせる。自分の境遇への不満を募らせた不運な若者が、ハロウィーンでにぎわう東京・渋谷での爆破テロを企てる。この青年が、いじめられているベトナム人と遭遇したことで事態は思わぬ方向に展開していく。
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記と思われる人物の孤独と不安を皮肉った作品や、シリア内戦の惨状をMR(複合現実)で体験するというSF物もあり、多彩な作品群で圧倒する。仙台市の作家伊坂幸太郎さんが帯文を書いている。
著者は1968年東根市生まれ。「シンセミア」で伊藤整文学賞と毎日出版文化賞、「グランド・フィナーレ」で芥川賞、「ピストルズ」で谷崎潤一郎賞など受賞多数。(沼)
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河出書房新社03(3404)1201=1892円。