ただの主婦が聞き集めた「下から目線」の民話集

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あいたくてききたくて旅にでる

『あいたくてききたくて旅にでる』

著者
小野和子 [著]
出版社
PUMPQUAKES
ISBN
9784991131004
発売日
2020/02/01
価格
2,970円(税込)

ただの主婦が聞き集めた「下から目線」の民話集

[レビュアー] 都築響一(編集者)

 気の滅入るニュースばかりがからだの奥に沈澱する日々に、こんなにもこころ洗われる本と出逢えた幸運を喜びたい。『あいたくて ききたくて 旅にでる』というタイトルどおり、これは著者がおよそ50年間にわたって山村や海辺の町をめぐって聞き集めた民話を、こんどは読者に語ってくれる本だ。

 民話採集というと柳田国男、宮本常一といった大家がすぐ浮かぶが、小野和子さんがすごいと思うのは、自信がないところ。

 専門の研究者ではなくて、ただの主婦。家事と3人の子育てに忙殺されながらむりやり時間を作っての採集行なので、全国あちこちどころか地元の宮城県のあちこちぐらいしか行けない。しかもクルマではなく電車やバスを乗り継いで、あとは徒歩で田舎道をひたすら歩き、目についた民家でいきなり「昔話、聞かせてくださいませんか」と初対面で頼み込み、たいてい驚かれたり困惑されたりする。そんなふうに歩きながら自分の未熟や無鉄砲を呪ったり、「わたしはこんなところでなにしてるんだろう」と悩んだりする。揺れ動くこころをつねに抱えながら、それでも出会いの感動を忘れることができなくて、小野さんは半世紀も歩いてきたのだった。上からではなく、その「下から目線」こそが、学者の研究書とはまったく別物の優しくパーソナルな記録を生んだのだろう。

 彼女が民話研究という学問分野の端っこにいるとすれば、昔話を聞かせてくれる老人たちもまた、村なり町なりの端っこにいる存在だ。真っ昼間に仕事もせずに、座敷や縁側でお茶飲んでるだけの老人たち。そういう「中心から外れて生きている人間」どうしが偶然出会い、物語を介してこころを通じあえることの奇跡を思わずにいられない。

 こんなになってしまった日本だけど、こんなに近くに、こんなに美しいものがまだあると教えてくれた著者に、深く感謝を捧げる。

新潮社 週刊新潮
2020年6月25日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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