新宿の歓楽街を舞台に「性の多様性」が事件を導く、痺れる女性バディ小説 吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』

レビュー

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新宿特別区警察署 Lの捜査官

『新宿特別区警察署 Lの捜査官』

著者
吉川 英梨 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041098875
発売日
2020/11/27
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

新宿の歓楽街を舞台に「性の多様性」が事件を導く、痺れる女性バディ小説 吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

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(評者:東 えりか / 書評家)

警察小説の人気はますます盛り上がっている。その理由のひとつが女性作家の活躍だと思っている。柴田よしき、高村薫、乃南アサなどのベテランはもとより、「孤狼の血」シリーズの柚月裕子、「法医昆虫学捜査官」シリーズの川瀬七緒など、独特の視点から描いた物語がとても魅力的なのだ。

なかでも吉川英梨はいま断トツに面白い警察小説を書くと評判が高い。二人の子供を持つ女性捜査官を描いた「原麻希」シリーズをはじめとした警察小説の数々は多くのファンを集めている。

センシティブな政治や社会問題を取り上げ、優等生ではない視点や行動も否定することなく描く。その人にとっての正義は社会通念に沿わなくてもいい、というリアルな人間の姿を突き付けてくるのがこの作家の魅力だ。

吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』(KADOKAWA)
吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』(KADOKAWA)

その吉川英梨が今回の小説で選んだ舞台は新宿二丁目、三丁目、そして歌舞伎町という歓楽街。この場所を重点的に管轄する架空の「警視庁新宿特別区警察署」はゴールデン街の南側に隣接し花園神社の裏側にあり、地図上の形から「新宿L署」と呼ばれることもある。

主人公の新井琴音警部は39歳。この新宿特別区警察署に刑事課長代理として赴任する朝、小学校三年生の息子、虎太郎がインフルエンザで熱を出した。夫で警視庁本部捜査一課の刑事で警部補の敦は、病気の息子を琴音に押し付け、先に出勤してしまう。ムカつく琴音だが、ふたりは警察学校の同期夫婦。今は琴音の方が階級が上になったため夫婦間に隙間風が吹きはじめている。

虎太郎を夫の姉に預け、新勤務地に大幅に遅刻した琴音を待っていたのは、アディダスの赤いジャージに黒のタイトスカート、ヒールが十センチ近くある黒革のブーツを履き黒いダウンコートを羽織った女だった。派手ないで立ちで横柄な言葉遣いの堂原六花巡査部長は琴音の部下で、現在35歳。レズビアンであると公言している。

その堂原六花によると、歌舞伎町一丁目のホテルで殺人事件があったという。ただちに現場に向かう琴音。現場検証の立ち合いには間に合った。

殺されたのは鳥取県に住む中尾美沙子、43歳。スーツケースに半身を突っ込んだ全裸状態で発見された。死体発見直後、従業員がノコギリを持った男に襲われたが、その男は凶器を持ったまま逃走中だ。犯人は 同宿していた18歳の息子、尚人だったのか? なぜか部屋には男性用性玩具が残されていた。

現場には琴音の直属の上司にあたる村下久徳刑事課長も臨場していた。歌舞伎町の鬼刑事と囁かれる強面だが、なぜか六花には非常に甘い。

死体を発見した従業員に事情聴取している木島昇介刑事は敦と琴音の仲人でもある。琴音は今年50歳になるベテラン刑事、木島の階級も越してしまった。

現場検証後、所轄署に捜査本部が設置される。土地勘をつけるため琴音は六花とともに管轄内をまわることになった。レズビアンの六花は、高校時代から通い詰めたこの界隈のちょっとした顔だ。刑事としての才能を見抜かれ、村下が警察官にスカウトしたのだ。

管内の道は狭く、新宿通りや靖国通りはすぐに渋滞する。駐車場を見つけるのも一苦労だからふたりは自転車で疾走する。戦前戦後のこの界隈の歴史に詳しい六花からL署付近の成り立ちを教えられる琴音。性玩具の出所も六花の知り合いである雑貨店だった。

その夜、新宿二丁目のショーパブでまたしても殺人事件が勃発した。今度は無差別殺傷事件だ。現場の階下にはたまたま六花と飲んでいた木島に合流した敦がいた。

殺されたのはスカーレット・オハラの仮装をした六花の友人で、さっき会ったばかりの 雑貨店の店長。犯人は自分の顔を出刃包丁でめちゃくちゃに切り刻んだ後、自殺した。

二つの事件は同一犯なのか。動機は、目的は、何か。LGBTが多く集まるこの場所の事件なら、思想犯やヘイトクライムも考えられる。関係者は三百人以上だが、ほとんどが人に知られることを恐れて逃げた。お互いの身元もほとんど知らない。外では公にできない性的マイノリティたちがたどり着いた束の間のオアシスがこの新宿二丁目という場所なのだ。

難航する捜査の突破口はいつも六花だ。レズビアンである上に長くこの街に馴染み、情報を取ることに長けている。六花は彼らの屈折した深層心理を推理し行動を分析していく。手続きを踏まえ正当な捜査を真正面から生真面目に行う琴音との異色のコンビの誕生だ。反発し合いつつ、お互いの欠点を補いながら真実に向かって少しずつ近づいていく。

もう十分頑張っているのに「女性はもっと活躍せよ」、と政府は言う。子どもを持つ母は仕事を優先させることが難しい。能力を認められ地位や階級が上がったとしても、母として子を守ることと、仕事とを比較することはできるのだろうか。

有能な女性ほど悩み苦しむ。結婚して子供を持つ普通の女性でありたいと願いながら、仕事では誰よりも「出来る」人になりたい。

性的マイノリティとひとくくりにされる人たちの心はさらに複雑だ。それぞれの持つ性の自己認識は千差万別。彼らの中でさえお互いを理解できない心と身体を持っている。

性的多様性を認めようと叫ぶ人々も、自らが持つ本当の“性”を自覚しているのだろうか。

事件の原因も、また解決の手掛かりも「性の多様性」に起因していた。同じ時代に暮らす人間同士、お互いを認めることができないのならば、せめて生きる邪魔をしないことが平和に過ごす一歩だと思っているのだけど間違いなのか?

2020年はカッコイイ女性たちがコンビを組み、痺れる女性バディ小説の当たり年だった。藤野可織『ピエタとトランジ〈完全版〉』、武田綾乃『愛されなくても別に』、王谷晶『ババヤガの夜』 に続く傑作、吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』を堪能してほしい。

▼吉川英梨『新宿特別区警察署 Lの捜査官』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000385/

KADOKAWA カドブン
2020年12月12日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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