『クライム・プランナー』
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小特集 翔田寛
[レビュアー] 翔田寛(小説家・推理作家)
クライム・プランナー登場 翔田寛
自分の強烈な原体験を描く純文学を別にすれば、多くの場合、小説は作者未経験の事態を新たに創作するものと言えるだろう。平成十二年に、私が小説推理新人賞を受けた『影踏み鬼』は物語の設定が江戸時代で、大店の幼い息子がかどわかしに遭うという内容だったし、平成二十年に江戸川乱歩賞をいただいた『誘拐児』は、小説の冒頭が終戦直後の闇市から始まっている。いずれも、作者未体験のシチュエーションであり、その後に手がけた平成二十七年刊の『真犯人』や平成二十九年刊の『冤罪犯』は、時代背景こそ現代であるものの、凶悪な殺人事件を刑事たちが解き明かしてゆくという内容だった。むろん、私には凶悪事件に巻き込まれたことも、警察官の実務体験もない。いってみれば、どれも資料をもとに想像力を駆使して作り上げた物語だったのである。
しかし、今回上梓した『クライム・プランナー』は、それら先行作品とは、基本設定を大きく異にしている。主人公の大司は、渋谷にある平凡な飲み屋のマスターであり、経歴や人間関係もごくありふれたものなのだ。ところが、どこにでもいそうなそんな人物が、いきなりまったく思いもかけない不可解な事件に巻き込まれてしまう。大柳竜司には刑事のような合法的捜査権もなく、警察組織のような広範に及ぶ強力な機動力も持ち合わせていない。わずかな仲間たちと、持ち前の知恵、機転、それに身体能力の限りだけを駆使して、その過酷な逆境を跳ね返して、大逆転劇に繋げてゆく。そのうえ、大柳竜司たちクライム・プランナーには、絶対的なルールが存在する。《俺たちの手では傷つけない。何も盗まない》と。これまでとはまったくテイストの違う小説を作ろうと思ったときに、頭に浮かんだのは、こんなやたらと制約だらけの設定だった。つまり、これまでのミステリーのように、意外な事件の様相や、犯罪のトリック、それを暴いてゆく合理的かつ現実的な刑事の捜査という要素を、現実の資料に基づいて構築するというものではないのだ。どのような状況ならば、平凡な人間が想像を超えた事件に巻き込まれるのだろうか。そして、その絶体絶命の窮地から、どのようにすれば徒手空拳で脱出できるのか。そんな手に汗を握るスリリングな物語を、是非とも描きたいと思ったのである。
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【著者紹介】
翔田 寛(しょうだ・かん)
東京都生まれ。2000年『影踏み鬼』で第22回小説推理新人賞を受賞しデビュー。2008年で第54回江戸川乱歩賞を受賞。他著に「左遷捜査」シリーズなどがある。