俳優・佐久間由衣の内面が垣間みえる文庫3冊

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書き残された自意識

[レビュアー] 佐久間由衣(俳優)

ViViの専属モデルを卒業後、俳優としてNHK朝ドラ「ひよっこ」や過干渉な母との関係を描いたドラマ「明日の約束」に出演し、2019年には映画「”隠れビッチ”やってました。」で初主演を務めた佐久間由衣さんが、好きな新潮文庫3冊を紹介してくれた。

佐久間由衣・評「書き残された自意識」

 自分の家の本棚にも、図書館や本屋さんにある“本の検索機”があればいいのに……と、本のお仕事で自宅の本棚をひっくり返すたびに、思う。といっても、そんなに大袈裟に大量な本があるわけでもないし、家を訪ねて来てくれた友達の鞄に、こっそり本を入れる悪趣味のお陰で“適量”を保てている気がする。そんなこんなで「この本もう一度読んでみよう」から何時間、そして何日間もひっくり返したままの本が散らばっている状態。意外に悪くない。

 そんな私が文学を好きになったのは、十八歳か十九歳で読んだ『パンドラの匣』という作品集に入っている「正義と微笑」との出会いがきっかけだった。

 人間が生まれて初めて会話する相手は、テレビの中のキャラクターでも、母親でもなく、“自意識”ではないのか。そんな風に感じてしまうタイプの人間は、最後にお別れを告げる相手さえも、自意識なのではないか。と思うと、謎に震え上がる。己への永遠の問いかけに、それを破壊しようとするエネルギーで生かされている気もする。

 日記というものは、私自身、ずっと末恐ろしかった。ただただそれと向き合わなければならない。真正面で、目まで合った状態で。

 この小説は、そんな面倒臭い私が初めて出会った日記形式の小説で、本屋さんで少しの高揚と興味本位で、立ったまま一ページ目をめくったその時、「人間は、十六歳と二十歳までの間にその人格がつくられる」と言う平たい文字。私の目にはそこだけが大きく映った。当時その年齢の渦中だった私には、自分の悩みの種に、太宰の文章は栄養を与えて、それはどんどん成長し、芽が出て花までさかす勢いだった。

 物語の行く先に明るさを感じる事が、太宰の小説の中では珍しいと知るのは、そのすぐ後の事だった。

 太宰好きな人が「出会った」ではなく「出会ってしまった」と言う言葉をよく使う気がするが、その気持ちが「分かってしまった」気がした。

 呪いをかけられた。その呪い、私は未だに解けていない。はぁ。

 私は料理が好きだ。家事も好きだし、手先を動かす仕事が大好きだ。一般的にはそういった女性は、“穏やかで家庭的な女性”そういうカテゴリーに当てはめられるのであろう。私自身も何回かそういう言葉を言われてきたが、褒め言葉としてその度に笑顔で返してきた。

 けれど、どうだろう。家事ほどエネルギーが必要で、料理ほどエゴイズムが強いものはないのではないか。

 そんな事を気づかされた『BUTTER』。私はこの高カロリーな小説を読んでいる間、ずっと具合が悪かった。

 似たような経験を思い出す。

「本が好きだから、大人しくて内向的で言葉が綺麗なんですね」

と言っていただくことも多いけれど、

「本が好きな人はドロドロしていて、凄くアクティブで探究心の塊だと思う」

といつも私は心の中で呟いて、少し寂しくなるのだった。

 身体を洗っても洗っても、落ちない汚れがある。それは、日々蓄積されているようで、すり減っていく。気持ちとは裏腹に、“空っぽ”はどんどん空っぽという言葉が似合っていく。問題なのは、そこに気が付いているってことだ。気が付いているのに、どうしたらいいかわからないってところに問題があるんだと思う。

 気が付いていなければ、気が付いていないというところが問題だけれど、気が付いているのに分からないって事の方が長い人生でもっともっと辛いんだ。

 皆、自分にかけてあげる言葉を探している。そんなことを考えていた時期に、『遮光』に出会った。

 確かにこの登場人物の精神状態は異常だし、果てしなく逃げ場も隙もない暗い小説ではあるけれど、中村文則さんの小説は、どんなに暗い小説でも、それを産み落とした最強ポジティブなエネルギー(私はそう呼んでいる)が、その暗さに負けない力でいつも存在してると思う。私はいつもそのエネルギーに感銘を受ける。そして文学にいつも救われている。だから、小説が好きなんだと思う。そして憧れるんだと思う。

※[私の好きな新潮文庫]書き残された自意識――佐久間由衣 「波」2021年5月号より

新潮社 波
2021年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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