『大学生活と法学』を刊行して――これからの法学入門は何であるべきか

対談・鼎談

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大学生活と法学

『大学生活と法学』

著者
江藤 祥平 [著]/大塚 智見 [著]/遠藤 聡太 [著]/粟谷 しのぶ [著]/辰野 嘉則 [著]/田原 一樹 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641126312
発売日
2022/01/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『大学生活と法学』を刊行して――これからの法学入門は何であるべきか

[文] 有斐閣

日常とはどこか遠い世界の存在であると思われがちな法学ですが、たとえば大学生活のさまざまな場面にも、法にかかわる根源的な問題が潜んでいます。日常に密着した問いへのアプローチを通じて法学のおもしろさや醍醐味を学べる『法学教室』の好評入門企画を単行本化しました。

著者の大塚智見(大阪大学准教授)・粟谷しのぶ(弁護士)・辰野嘉則(弁護士)による座談会をお届けします。

1 はじめに

大塚 本日は『大学生活と法学』の著者のうち3名が集まって、この本についてお話ししていきたいと思います。本書は『法学教室』2020年4月号に別冊付録として書いたものを、加筆の上、単行本にしたものです。大学の特に法学部、あるいは法科大学院に未修者として入った法学初学者向けの入門書となります。特に大学生活と法学のつながりをよくイメージしてもらおうという趣旨で執筆しております。最初に、今回参加しているメンバーを紹介したいと思います。

粟谷 よろしくお願いします。粟谷しのぶと申します。簡単に経歴を紹介させていただきます。学部時代は国際関係学と政治学の勉強をしていました。

 その後、2年間メーカーで国際営業の仕事をした後に東京大学の法科大学院に法学未修者として入学をして、司法試験に合格しました。

 弁護士業務は一般民事を中心にやってきましたが、第3子出産後に一度弁護士業をお休みして農林水産省で約2年間勤務をしたり、食品安全の関係の一般財団法人でマネージャーの仕事をしたりといった経歴を経て、今また一般民事をメインとした弁護士の仕事をしています。

大塚 辰野嘉則と申します。私も弁護士なのですが、ちょっと経歴が変なところがありまして、もともと理系の出身で工学部を出ています。大学院まで行って脳科学を専攻していましたが、その後文転してロースクールに法学未修者として入り、それで弁護士になったという経歴です。

 弁護士としても理系のバックグラウンドがあるため、技術絡みの紛争解決や特許侵害訴訟などを多くやっております。アメリカに弁護士5年目くらいで留学をして、帰国してからは国際紛争、クロスボーダーの紛争の解決をメインにやっています。やや変な弁護士2人が揃ってしまったなというところはあります(笑)。

大塚 最後は私、大塚智見と申します。大阪大学で民法を教えています。私は非常に素直な経歴でして、学部で法学を学んだ後、法科大学院に入り、その後研究者の道に入っております。現在は民法や、さらに情報法や信託法など、わりと幅広い分野を研究しています。

 以上3名ですが、その他3名の執筆者がおります。非常にバックグラウンドが多様な執筆者が揃って、そのぶん面白い企画になっているかと思います。

2 本書の狙い

大塚 はじめに、この本が何を狙いとして書かれたものなのか、企画されたものなのかを、それぞれの観点からお話していきたいと思います。

大塚 まずこの本を読む人に感じとってもらいたかったこととしては、法律が社会のあらゆる面に関与していて、身近なところ、そこら中にあふれているということ。そのため、法学的な考え方、思考が常に必要とされていることを知ってもらいたいということがありました。この本はいろいろなSceneを提供して、それについて書いていく構成になっていますが、多様なSceneの設定ができるように、非常に身近なものから先端的なもの、何だこれと思うようなものまで、さまざまなものを用意しました。もちろんそういった各Sceneの個別の分析それ自体が大切だということではなくて、多様なSceneの分析から、どのように考えて、法学というものを身につけていけばよいかというところを感じてもらいたいと考えています。

 あともう一点、どうしても法律の本は何か設例が与えられて、その問題を解決するための方法や答えを求めることになりがちなところがあります。そうすると法律が揉め事が起きたときの問題解決ツールという捉えられ方をしてしまうことが多いのですが、そうではなく、法律がよりスムーズに社会を動かす潤滑油のようなものとして機能していることを感じとってもらえたらなと考えています。

大塚 辰野さんの話の中で出てきたSceneについてですが、普通の法律書だとAは……Bは……甲は……乙は……と書かれてると思いますが、本書はそういった記号がほとんど出てこないところに特色があるような気がします。最低限の情報だけを羅列するのではなくて、むしろ小説の出だしのような、そんな独特な始まり方をする。

大塚 そうですね。執筆者間の協議で最初にそのSceneを試しにつくってみようとしたら、大塚さんが小説みたいなものをつくってきたので、他の執筆者が「えっ! このレベルでやらなきゃいけないのか」とびっくりしたということがありました。

大塚 最初は私も、ちょっと面白いかなと思って書いてみたのですが、それを辰野さんに同じように続けていただいたので、みんな同じようにしようかみたいな(笑)。そういうノリで決まったようなところがあります。

粟谷 昨日、お二人の書いたSceneとActを読んでいて、意外と共通点があるなと。恋愛や結婚をお二人とも書いてますよね。それぞれに捉え方が似ているところと、ちょっとずつ違うところがあって、著者それぞれの恋愛観と結婚観の違いなのかなと思いました。やっぱり大学生活って一番人間関係に悩む年齢だと思います。そういう中で揉まれながら社会に出ていく準備をするときなのだろうなということを考えると、法律を学びながらも自分事として捉えて法律を見ていければ、もっと法学が面白くなるのかなと感じていました。

大塚 たしかに本書を通じて、恋愛関係あるいは結婚に関するScene、話題は一般の法律書に比べたら多いかなと思います。やはり大学生活の中では(恋人ができるできないにかかわらず)かなりのウエイトを占める話題だと思います。そのあたりも含め、法学と大学生活のつながりを感じてほしいです。

粟谷 初学者の人にこの本をどう読んでほしいかという点について、私自身が大学の学部では法律を学んでこなかったので、最初法学をどう学べばいいのかすごく難しかった記憶があります。法科大学院では3年間の限られた間で試験に必要な知識を詰め込むというミッションもあったので、とにかく基本書と指定された文献を読んでそれを覚えなきゃという形で入っていきました。でも、それだと本当につまらない。こんな苦行があるか、という思いで過ごしていました。

 けれども弁護士になって、社会の中で法律をどう捉えていくかという逆の視点で見ていくと、こんなに法律って面白いものなのかとあらためて感じました。初学者の方にはそういう法律の面白さを感じてもらいたい。そのツールとしてこの本が役に立てばいいなと思っています。司法試験に合格することや大学の定期試験をクリアすることも当然大事だと思いますが、通説や判例を暗記することで何か答えが出せるものではありません。法学を学ぶこと、リーガルマインドを身につけること自身が複雑な社会を見る1つのツールだと捉えてもらえればいいのかなと思っています。そういう形で授業でも使ってもらえたらうれしいです。

大塚 たしかに法学を最初に学び始めた頃、丸暗記をしなければいけないとなんとなく思い込んでしまって、それがちょっと面白くない、となりがちですよね。法学を学ぶということは、単に条文・判例、あるいは規範と言われているものを丸暗記するものではない。もちろん暗記しなければいけない事項は当然あって、それをしなければどうしようもないという面はあるんですが、それだけではないということをまずは知ってほしいと思います。

 特に法学という学問を学ぶことによって、社会を違った目で見られるようになる。ツールを身につけることによって、別の側面から社会を考察できる。そこに面白さがあるんじゃないか。なので、本書を講義で使っていただく際には、法学を学ぶ以前と同じ方法で調査させて報告させるだけではなく、法学という思考様式、リーガルマインドがこの問題をどのように違った目で見ることができるのか、分析することができるのかをていねいに教えてほしいと考えております。

大塚 そういったものを磨く意味でも、やはりSceneで実際に現代社会で起きるような、身近なものを具体的に考えてみるのは役に立つと思います。その意味でも、この本の形式はそういった狙いを持ってやっていることと思っています。

 私個人の経験ではありますが、大学生の時に固体物理学の授業で、ものすごく複雑な計算式をガチャガチャ計算していって、みんなが辟易としていると、教授が学生を当てて一言、「今この机を触ったら冷たいよね。なんで?」と。金属の机だったんですけれども。それに誰も答えられなかった。今その授業で勉強している熱伝導率等の話を使えば答えられるはずなのに、なぜ金属を触ると冷たいのかという質問に誰も答えられない。「だから君たちはダメなんだ」と怒られた。

大塚・粟谷 (笑)

大塚 怒られながらも、その話を聞いて私はすごく面白いなと思ったんです。これは理系の話なので法律とは違うんですけれども、実際に身近で起きている現象と引きつけて考えると無味乾燥な世界が華やいで見えるというのは、他の分野でもあると思います。そういう視点を持って勉強してもらえるといいと思っています。

粟谷 私が学部で専攻していた政治学や国際関係学は、現実をそのまま見るのでツールがないような分野でした。あまりにもツールが見えにくい学問なので、学部時代にお世話になっていた教授に、経済学のような分析ツールはないのか、もう経済学に転向したいという話をしたら、「経済学は経済学で限界があって、その限界の中でしか分析はできない。あなたはとりあえず政治学を続けなさい」というようなことを言われて、とりあえず続けていました。その後に法学と出会いました。法学は法学で限界はあります。とはいえ、まずルールがあっての世界なので、社会のいろいろな問題を分析するには答えを出しやすいし、その限界も見えやすいと感じました。私にとってはとても使いやすいツールでした。

 最初はそれをすごく身につけるのが大変。でも、一度リーガルマインド的なものを身につければ、いろいろなところに応用できると思います。

大塚 たしかに法学というのは、かなり抽象度の高い議論を好むというか、そこが中心になると思います。特に最初の頃は抽象度の高いところ、そもそも法学とは何か、法とは何かというところから始まり、だんだん学年が上がるにつれて具体的な事象に、身につけた抽象的なツールを使って分析を加えていくようになる。そういう順序になっています。それは非常に重要な思考様式であり、どんどん面白くなってはいくんですが、最初のところで躓きやすいという面があります。

 本書はそういった抽象度の高い議論ではなくて、具体的なSceneから始める。法学を学ぶことはこういう意味があるんだと。最初の興味を持つきっかけになってくれるといいなと思います。

3 法学との出会い

大塚 続いて、我々執筆陣が法学とどのようにして出会ったのか。どのように勉強して、何に躓いたのかについて、経験を共有してみたいと思います。

 私は、学部の頃から法学を学んでおりました。法学入門の講義においては、山田晟先生の『法学〔新版〕』(東京大学出版会、1964)という教科書が用いられました。これは非常に格調高いもので、読めば読むほど味が出てくる本ではあるんですが、難解で、初学者にとってはとっつきづらい面があるかと思います。今ですと、宍戸常寿・石川博康編著『法学入門』(有斐閣、2021)という初学者にも読みやすい入門書が出ていますが、これまた法学入門として必要な事項が網羅されている反面、現代社会とのつながりは必ずしもよくわからないのではないかと思います。そうすると、本書はそういった入門書の副読本として使うと相乗効果を期待できそうです。

 私もはじめは、無味乾燥さゆえ法学に興味が持てませんでした。ずっと法学を続けようと思うようになったのは、学部の高学年になりゼミに入って、それまで薄く広く勉強していた事柄をより深く立ち入って分析するようになったときでした。もちろんそれまで身につけてきた知識も非常に重要で、それがなければゼミでの分析もできないわけですが、そういった知識を身につけるためのきっかけに本書がなってくれたらと思います。

粟谷 学部卒業後にメーカーに就職しましたが、本当はその後国際機関に就職したかったんです。ただ国際機関就職はハードルも高いし、海外の大学院に入って専門性を身につけないと狭き門だと言われていました。

 当時は環境NGOの活動にも参加していて、戦うツールを日本国内で身につけるのであれば法学だろうとも思って、ちょうどその頃できた法科大学院に入ることにしました。法律なんて学んだこともないところからスタートをしたので最初はすごく大変でした。毎日大量のリーディングアサインメントが出て、読んでも理解してるのかわからないし、毎日ついていくだけで精いっぱいというのが最初の2年間くらい。2年生になったらそろそろ司法試験の対策もしないとねという雰囲気がクラスの中で出てきて、何人かの友達と『判例百選』を1つずつ読む勉強会を始めました。ようやく実際の具体的な事件と法律がつながっていくようになって、その頃から少しずつ法律が面白くなっていった気がしています。

 もし今回の本が当時あれば、もう少し具体的な日常と法律を結びつけるものが見通せたかもしれません。この点について江藤さんは本のはしがきで、初学者の人たちの「導きの糸」と書いていらっしゃいましたね。

 さて、その後、法科大学院の3年生になってからはとにかく司法試験のために暗記や詰め込みをしたという状況でした。短期的に詰め込んだ記憶はすぐ失われてしまった気がします。自分の頭で考えて、みんなと議論をして到達した自分の答えが最終的には一番自分の身になっていたと思います。この本は法学入門とはなっていますが、他の学部でも使える視点があると思います。政治学や社会学の授業でもこの本が役に立つのではないかと個人的には思っています。

大塚 法学は何か確たるものがあって、それを暗記して吐き出すだけの学問ではないわけですね。むしろ、なんだかよくわからない問題に対して既存の知識を使って、いろいろなチャレンジをしていくものなんだと思います。そういう意味では、単に与えられたものを消化するだけではなくて、それを使って議論していく、考えていくことが重要になってきます。友人と、友人でなくても誰とでもいいんですが、議論をするとそういった意味で非常に面白くなると思います。ただ、そのためのきっかけ、話題というのがなかなか難しい。そのために本書は、書籍化にあたって新たに「やってみよう」という項目を加筆しました。

 中ではいろいろな参考資料を挙げたり、ここを考えたらいいんじゃないかという問題提起をしたりしています。こういった問題提起には必ずしも著者たちに明確な答えがあるわけではなく、我々としてもよくわからない点が多く詰まっています。ぜひこの点について、誰かを捕まえて、議論してみてほしいと思います。議論する中では、批判されること、あるいは批判することを恐れず、お互いに批判することを楽しむ姿勢が重要です。

大塚 私の場合は実は粟谷さんとロースクール1年目の未修クラスが同じクラスだったんですけれども、法学未修者でロースクールに入ったので1年目は右も左もわかりませんでした。知識も足りておらず考え方もわからないため、かなり大変だったと思います。

 当時の東大のロースクールでは、先生方が学生の本質的で法学的な思考を育てようという意識や目線をかなり持たれていた感覚がありますが、そうは言っても無味乾燥な暗記地獄みたいなものは確かにあって。私の場合は本書の著者の1人である江藤さんなんかとよくああでもないこうでもないと議論をしたりするのを楽しんでやっていて、それが無味乾燥な中でのオアシスになっていた面があると思います。ただ、やはり初学者の場合、仲間と議論をしようと思っても、よくわかっていない者とよくわかっていない者がよくわからないまま議論する、というのもなかなか難しいところがあります。その意味でも、本書をとっかかりにして、いろんなことを考えていただく助けになるといいなと思っています。

 あと1つ、学生の皆さんに誤解のないように言っておきたいのですが、条文とか判例を勉強すること、はっきり言ってしまうと暗記することも、大切なことです。知識は思考の前提になる部分もあり、いわば車の両輪だと思います。我々のメッセージを、「暗記なんてくだらない、そんなことしなくていいんだ」というふうに誤解してほしくないと思っています。学生の時に短期記憶で覚えた知識は確かにすぐ忘れるんですけれども、実は弁護士になった後も「あれ、これなんか昔学生の頃やったな」とアンテナに引っかかることはよくあります。知識を蓄えることは決して無駄にはならないので、それはそれで必要だということは忘れないでほしいです。

 本書で伝えたかったのは、法律の勉強はともすれば暗記ばかりでつまらないとなりがちなので、そこばかりに囚われないでより本質的な法学の考え方を学んでほしい、ということです。

粟谷 最近の法科大学院がどういう傾向なのかよくわからないですが、当時はソクラテスメソッドということが言われていて、アメリカのロースクールのようにケーススタディで議論をさせるのを理想にしていたと思います。ただ、自分たちの法科大学院は、理論をきちっと押さえさせようという傾向が強かった気がします。実務家になって何十年後かに役立つ知識を身につけるんだと。今になってみると、そういうのがすごくありがたかったと自分は思います。

大塚 司法試験に受からないことには始まらないということはありますし、そのために試験テクニック的な勉強をしなければならないのも現実としてあると思います。実際、たとえば判例の要旨がまとめられたようなもので勉強して、論証カードをつくって暗記して吐き出すような答案練習も、私は最初の練習としてやること自体は必ずしも悪くない面があると思います。それがないと答案もまったく書けない人は多いでしょうし、考えろと言われても自分の力でゼロから考えるのはとても難しいことですので。ただ、それが全てだと誤解されてしまうと困るなと。

粟谷 実務家として法曹三者になりたい人にとっては司法試験に通らなきゃ意味がないというのはたしかにそうだと思うんですけれど、試験テクニックだけで現場に入った人は大変だとも思います。

大塚 そうですね。試験のテクニックも非常に重要で、ポテンシャルだけはあるんだけど試験答案がボロボロという学生もいます。逆に、試験の書き方は完璧でも、教員が考えてほしいと思って作ったポイントに気づかず、論証パターンだけを書いて済まされてしまうと、やっぱりもうちょっと考えてほしいなと感じてしまいます。辰野さんの言う両輪であり、いずれも身につけてほしいところです。もちろん試験対策のために効率的に暗記するのも重要なんですが、さらに、それを使って議論することにも慣れてほしい。両方大切にしてほしいと思っています。本書はそのうちの片方の車輪になりうると自負しています。

大塚 一点、試験テクニックという言い方だと全て些末なもののように思えてしまうんですけれども、少し違うものもあると思います。たとえば、論証を暗記してそのまま吐き出すようなまさに試験テクニックは正直私はほぼ無意味と思っていますが、法的三段論法であるとか、イシュースポッティングをして、リーズニングを書いて、ファクトをアプライして、最後にコンクルージョン、という思考の順序は、アメリカのロースクールでもそう教えていますし、世界中で多くの法律家が使っている型のようなものなんですよね。

 そういう順番で論理を構築しなければ絶対にいけないのかと言われたら、私はそんなことはないと思いますけれども、法律家であれば普通はそういう順番でものを考えている。そうすると、そういう型を身につけるのは特に初学者には決して悪いことではない。そういった思考の型がないと、ゼロから考えを構築するのは難しすぎると思うので。そういう型を身に付けることと、ただ論証を暗記して吐き出すという純粋な試験テクニックとは、一段階違うものだと思っています。

粟谷 試験テクニックというよりも、今辰野さんがおっしゃっていたのはむしろリーガルマインドの思考パターンという意味ですよね。

大塚 学部ではそういった型をもともと教えてこなかったと思います。どのように答案を書き始めて、何をどのように論じて、最後どのように締めくくるのか。そういった型を教えるのを忌避していたような感じがします。ただ、実際に期末試験になると「ちゃんと書いてこないと」という文句を我々教員は言うという、なんというか矛盾した教え方をしていたような気がします。最近では、答案の型をも教える教員は増えてきています。最初にきちんと型を勉強しておくと、その後実質的な部分を学ぶ際にも役に立つかと思います。

粟谷 なるほど。そういえば学部時代に大学で論文の書き方のトレーニングを結構受けたんですよ。英語での論文の書き方はパターンが決まっているから、こういうふうにとにかく書けと。理由を3つ書けとか。考えてみれば法学部生ってそういうのがないんですね。

大塚 そうですね。学部でも「法律文書の書き方」のような授業があったらいいなとは思っています。

4 法学との腐れ縁

大塚 最後に、法学に入門した我々が、その後どのように法学と付き合い、今でも付き合い続けているか。その今の状態について、お話ししていきたいと思います。

大塚 私の場合は先ほども言ったように理系出身で、留学までは特許など技術絡みの国内紛争をやることが多かったです。そういった国内の紛争でも、勉強した条文や判例がほぼそのまま適用されて事案が解決することなどほとんどありません。それで解決するならそもそも紛争にはならないんです。常に新しい問題、少し違う問題が起きていて、覚えた論証カードを吐き出すようなことでは全く役に立たない。弁護士は、新しい分析が必要な場面で自分なりの思考を展開できる能力が常に求められるということは日々感じているところです。その意味でも、本書が勧めている考え方は職についた後で非常に役に立つと思います。これは研究者に限らず弁護士であってもそうだということですね。

 それと、私は現在は国際紛争を専門としてやっているのですが、国際紛争ですと特定の国の法律や判例法理がそのまま妥当するとは限らない場面が多く、まさに法学的な思考が求められる程度が、国内紛争よりもさらに高い面があるように感じています。

 アメリカで他の国の法律を勉強したときも、日本法との比較の観点や、そもそもなぜそういう法律や判例になっているかを考える機会が多くて、そのとき自分が今まで日本法を勉強する中でいろいろなことを勝手に当然の前提として暗記してしまっていたことに気付かされ、我ながら情けないと思うことが多くありました。他の国の法律家と議論する場面で、「条文に書いてあります」、「最高裁がこう言ってます」というだけでは議論が終わらない。他の国と法律家と話す場面を想像してもらうと、どれだけ自分が理解して思考できないとまずいかがおわかりいただけるかと思います。なぜそうなっているのか、どう考えるのが合理的なのかという視点は、人間はどうしても抜け落ちがちなので、常に疑問を持って考えることが大切です。本書がその触りというか第一歩になってくれればよいなと思います。

粟谷 私の場合、司法試験に合格してから現在まで、育児家事をしながらの弁護士業だったり、官庁や他の仕事をしたりという時期もあったので、弁護士としての実務経験は他の方よりも少ないと思います。

 ただ、ここまでの自分の人生の中でリーガルマインドはすごく役に立ったと思っています。いろいろな問題にぶち当たったときに、それがどの法律で支えられていて、その法律を使うと今度はこうなるという予測が立てられる。本来はみんなが法律のことを知っていたほうが、世の中もっと楽になるだろうなと感じます。法学部の人にもそういった視点で社会を見る目を養ってもらいたい。法学部で学んだ人たちがそういう見方をもっと広く社会に伝えていってもらえたらいいなと感じています。法学部に入ったからといって資格を取って、法曹三者にならなきゃいけないということではない。法律はツールに過ぎないので、複雑な人生を生き抜くためのツールを大学で身につけてやるくらいの気持ちで法学と向き合ってもらうのがスタートとしていいのではないかという気がしています。その中で法曹になりたいということになれば、夢を実現できるように努力をしてもらいたいと思います。

 この本の中では、法律には限界があって、それぞれの著者も悩みながらその限界をどう乗り越えていくかということを書いているテーマが多い気がしました。そういう意味でも、本書の視点を生かして、法の可能性と限界を、法を学ぶ人みんなに感じてもらえたらと思っています。

大塚 私は法科大学院を修了してからすぐに研究の道に入り、民法を中心に研究してまいりました。学部や法科大学院で過ごしている間は、これはこうなんだと教えられたことを基本的には守る。もちろん反発することもありはしましたが、基本的には教えられたことをそのまま理解するということを中心に勉強してきました。ただ研究となると、これはこうなのだと言われていることをそのまま繰り返してもそれは研究にはなりません。むしろ、これはこうなのだと言われてきたこと、あるいは社会ではこれが常識だと言われてきたことに疑問を持って、本当にそうなのか、なんでそうなっているのか、違う考え方はできないのか、そんなことをとことんまで考え抜く。そういった向き合い方を今ではしています。

 本書の各稿もそのような意味で考え抜いて出来上がっています。『法学教室』の別冊付録をつくる段階から、その当時はまだ新型コロナの影響がなかったので有斐閣の会議室にみんなで集まり、かなり時間をかけて、1つひとつの論考について議論を交わしました。

 また本書を刊行するに際しても、原稿をオンラインで送付しあい、オンライン会議でこれまた1つひとつの論考についてさまざまな議論を交わしました。それは違うんじゃないかという話から、これだと初学者にわかりづらいんじゃないかという教育的な面についてもいろいろ話し合っています。

 最終的に全員の意見が一致したかというと、まったくそんなことはなくて、ほとんどの論考について、ある程度相互理解は深まりつつも、なお譲れない一線が各執筆者にあったように思います。そのあたりがおそらく本書には反映されていますので、非常に刺激的な内容になっているんじゃないでしょうか。

 このように、我々も単に調査してこれはこうだと思って書いたのではなくて、これについてもっと知りたい、もっと考えたいといった欲求を吐き出しています。そんな本書を読んで学生の皆さんも、もっと知りたい、もっと考えたい、あるいは大塚の考え方はおかしいんじゃないか、そんなふうに思うこともあるでしょう。そのときはぜひ研究者の道を将来の選択肢の1つに入れてみてほしいと思います。

大塚 そういう人はいい弁護士にもなると思いますよ(笑)。

粟谷 そうですね(笑)。

大塚 各執筆者それぞれいろいろな考え方を持ちながらも、共通の思考様式があるからこそ、本書が完成しました。本書を通じて、法学について興味を持ち、今後いろいろな人と議論を交わしてほしいと考えています。

(2022年1月20日収録)

有斐閣 書斎の窓
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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