y-knot『活かすゲーム理論』刊行記念

対談・鼎談

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活かすゲーム理論

『活かすゲーム理論』

著者
浅古 泰史 [著]/図斎 大 [著]/森谷 文利 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641200050
発売日
2023/03/02
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

y-knot『活かすゲーム理論』刊行記念

[文] 有斐閣

1 ゲーム理論の教科書なんて書きたくなかった?

――最初に本書執筆の動機や経緯についてお伺いできますか。

浅古:まず、編集部さんからは「浅古先生、ゲーム理論で適した執筆者にはどのような方がいますか」という質問をいただいていたのですが、その後に急に「浅古先生で行こうと企画会議で決まりました」と言われ、そのまま断れない感じになりました。

――そんなことは……。

森谷:ゲーム理論の本を書くのは勇気がいるし、大変かもしれないと言っていましたよね。

浅古:第一印象としては書きたくない。

森谷:ははは(笑)。

浅古:ゲーム理論の教科書って、もう死ぬほどあるし、開講されている講義もほとんどは必修科目ではないからあまり売れないだろうし、私はゲーム理論の純粋理論家でもないし。こういうところに参入するのは嫌だなというのはずっと前から思っていました。

森谷:そうなんですか(笑)。

浅古:「怖い」という印象がある。一つ目に、いまゲーム理論の教科書を書いて、何か新しいことができるのか。理論研究の発展はあるけど、入門や中級で教えることはここ10年でほぼ変わってないんですよね。二つ目に、私は応用ゲーム理論をやっているので、しっかりとしたゲーム理論を書けるのかどうか。私一人だったら絶対に書かないと言いました。

 ただ、編集部から応用を意識したゲーム理論の教科書を作りたいというお話をいただいて、「はしがき」にも書いていますが、恩師である伊藤秀史先生の「ゲーム理論を実際に応用で使えるようになることを目的にした教科書があるべき」という言葉が、執筆のモチベーションとして大きかったと思います。

 また、私自身がゲーム理論の中級の講義を教えていて、けっこう難易度が高いところまでやっています。そこで、試験でしっかり問題を解くことができた優秀な学生の方が、「卒論では米中貿易摩擦を囚人のジレンマを用いて分析したいです」と言ってきたりすることがあります。あれだけゲーム理論の勉強をやってきたのに、いざ応用する段階になると、あまり考えずに、囚人のジレンマのようなすごく単純なモデルで分析しようとしてしまうんですね。それでいいのかという疑問をずっと持っていました。

 既存のゲーム理論の教科書では、モデルをなぞるためのすごく単純な例ばかりで、あまり現実の事例を本腰を据えて扱うことはなかなかありません。それはおそらくゲーム理論とその応用のつなぎの部分で叩かれることが多い、つまり、事例を説明するときにそのモデルで本当にいいのかというところを攻められるからではないでしょうか。事例に応用するときの難しさを避けて、簡単な例でゲーム理論の基本的な概念を解説することが多いように感じています。

 だとしたら、そこを叩かれて議論になってもいいから、事例とモデルをしっかりつなぐ教科書があってもいいのではないかと思いました。その点で、編集部の企画と合致したので、しぶしぶOKしました。

 私がやっているのは政治の応用ですが、ゲーム理論の応用の中心は経済以外では経営です。なので、経営が専門の森谷さんに入っていただきました。また、先ほど言ったように自分のゲーム理論のハードコアな知識は非常に不安があるので、応用ではない人にも入ってもらいたい。その中でも、特に進化ゲームがおまけのようにゲーム理論の教科書に載っているのはあまり好きじゃなかったので、進化ゲームで理論研究をしっかり理解している人ということで図斎さんに声をかけました。二人の名前を出してミーティングをして、本書の企画が固まりました。

森谷:浅古さんと一緒で、この話を伺ったとき、私も最初は怖かったんですよ。ゲーム理論の分野では錚々たる偉い人たちが上の世代にいるし、同世代でもゲーム理論の理論研究ですごい業績を持っている人たちがたくさんいるからです。ただ浅古さんが話されたゲーム理論の「応用」について、大学の授業をやっていて不満があったんです。というのも、お二人は経済学部で教えているから、経済学をやる学生が集まってきてくれていると思いますが、私のところ(外国語学部)ではそうではないので、数字ばかりの理論を見せたら、学生は経済・経営コースを取らないで他のコースに行ってしまいます。数式でゴリゴリやる授業だと、学生が面白みを感じるまでに2、3年かかってしまうと思うので、面白みを感じる前に興味を失ってしまう可能性があります。初めて授業をやったときにそういう印象が強かったです。

 だから、ゲーム理論を勉強するときに、事例をうまく分析できる楽しさを伝えられないかと考えていました。その意味で、今までのゲーム理論の本は理論を学ぶうえでは優れていても、現実を分析する面白さがなかなか伝わらないんじゃないかと感じていました。他方、マクミランの『経営戦略のゲーム理論』やディキシット&ネイルバフの『戦略的思考とは何か』は、とっつきやすい事例がたくさんあって面白いですが、あれで分析ができるようになるかというとそうではない。

 望むらくは、両方のバランスをうまく取って解説することです。私の念頭にあったのは専門分野外の本ですが、『ケースに学ぶ経営学〔第3版〕』でした。神戸市外国語大学で授業のやり方に悩んでいたときに、入門の授業でこれを使いました。この本のように事例をヒントに、理論的な部分もじっくり解説するようなゲーム理論の本を書きたいというのが最初の目論見だったと思います。

図斎:私は浅古さんからお誘いいただいたときに、「入門レベルの教科書でも進化ゲーム理論をきちんと取り上げる」と言われました。特に進化ゲーム理論に関しては、既存の入門レベルの教科書だとちょっと古い扱い方だったんですね。つまり、突然変異なんていう生物学っぽい話で説明される「進化的安定状態」とか、微分方程式を解かなきゃ分析できないような「複製子動学」を取り上げていて、他の経済学・合理的選択理論っぽい部分とうまくつながらなくて、本当におまけみたいな感じになっていました。

 最近の進化ゲーム理論では進化動学を、ナッシュ均衡などの基礎づけとして捉えているので、その点を今回の教科書にも反映させています。そのほうが学部レベルでも教えやすいし、世界的に見てもそういう入門レベルのゲーム理論の教科書がなかったので、それをやってみたかったんです。

 私自身、いまは純粋理論寄りのことをやっていますが、もともとの出発点は応用だったんです。ウィスコンシン大学に行ってから指導教官だったBill Sandholmの研究に引きずられて、純粋理論のほうに行きました。その中で均衡の概念とかを考え直していきました。なんでこの均衡概念を学ばなきゃいけないんだろうということがいつも気になっていて、その点が既存の入門レベルの教科書では案外ちゃんと書かれていないんですよね。

 ビジネスなどの事例に応用しましょうという教科書だと、天下り的にここではナッシュ均衡を使いますとか、こういうゲームだったら部分ゲーム完全均衡というものがあります、で終わってしまって、ナッシュ均衡を学んだのになぜまた新しい均衡概念を習わなきゃいけないのか、となってしまいます。たとえば、逐次手番ゲームでナッシュ均衡という概念は本当に使えないのか、といった部分が、「応用志向」とされる入門書だとあまり議論されません。他方で、純粋理論寄りの教科書だとそもそも事例の中で、あるいは実践の中でなぜ均衡概念を新しくつくらなきゃいけないのかというところは、よく読めば書かれていることもあるけれども、数式や抽象的な言葉に隠れていてわかりづらかった。なので、この教科書を書く中で、そういう点をがんばって噛み砕いて書いてみようと思うようになりました。

2 応用する≠人生を語る

森谷:編集部の方に一つ質問してもいいですか。本書の企画はゲーム理論を「応用」しましょうというスタンスで始まりました。私が原稿を書きながら思ったのは、最初の提案を拡大解釈しすぎているのではないか、ということです。私たちの教科書は、どちらかというとゲーム理論で数式を立てて分析する、がっつりした形になっています。当初の企画のイメージに比べて出来上がりはどうだったのかなと。

――企画を考えていた際には、おっしゃっていただいた通り、応用、実践という部分を意識していました。ただ、企画当初は、それがどうすれば実現できるのかを具体的にはイメージできていなかったと思います。

森谷:では、良いように解釈して良かったんですかね。

――それがすごくいい方向に出て、今までにない教科書になったと思っています。

森谷:浅古さんは「やりすぎた感」はないですか?

浅古:y-knotという新しいシリーズのコンセプト「学問を通して社会とつながろう」もあり、人生に活きて現実に役立つように、ゲーム理論の教科書を書いてくださいという依頼でした。意外とこの分野でありがちな話ですが、日常を生きていくなかで出くわす問題をゲーム理論で解決できますとか、ゲーム理論は人生に役立ちますという方向もたぶんあると思います。ただ、それは避けて、企画段階で人生の話はほぼなくしました。

森谷:人生については語れないですもんね。

図斎:でも、「大都会での孤独」については書いていますよ。

森谷:あれは人生というよりも、図斎さんの寂しさが滲み出ているというか……。

浅古:あれも社会心理の研究に基づいていますよね。人数が多すぎると助け合わないという話。

図斎:そうですね。

浅古:図斎さんは「人生を考えている」のかもしれないけど、「人生に役立つ」は嫌だなと。学生は、事例とモデルをつなげることに慣れていなくて、ゲーム理論の入門や中級を学んでも、実際の事例に対してモデルを応用してみることが、たぶん苦手なんじゃないかと思います。人生に活かそうという本はいっぱいあるので、私たちは「人生を語る」のではなくて、モデルをしっかり応用できることを重視した教科書にしようと思いました。

図斎:「人生を語る」系になると、すごく漠然とした戦略的相互依存性みたいなことになってしまいますよね。この教科書だと具体的な事例に活かしましょうということですが、いろいろと具体的な事例を見れば見るほど、複雑なところが出てきます。だから、理想的にはゲーム理論のモデルの立て方とか解き方である均衡概念も、実は細かく調整しなければいけません。それを学んだうえで、複雑さを盛り込んで分析することが望ましいと思います。

 ゲーム理論では複雑さに切り込む道具を提供しているにもかかわらず、人生やビジネスの話になると、いきなり囚人のジレンマの2×2の表を使った雑な話になってしまって、今まで教えていたことはどこに行ってしまったんだということになっちゃう。この教科書はそうならないように、各章で一つ代表的な事例を具体的に定めて、それに合わせて理論やモデルを立てました。

森谷:先ほど言われたように、学生はゲーム理論をすごく勉強したのに、卒論などでなんのためらいもなく、米中の貿易紛争を囚人のジレンマに単純化してしまいます。そこの現実とゲーム理論のモデルのズレが、今までのきれいなゲーム理論を教えているだけでは伝わりきらない部分があるということですよね。

浅古:その「泥臭い」ところが大事ですよね。ゲーム理論で論文を書くとき、モデルを最初につくって必死で事例を探したりするじゃないですか。

森谷:します、します。

浅古:モデルが最初にあって、そのモデルで説明できる人生の困難ってなんだろうと持っていく書き方もできるし、そういう事例を選んで書くこともできますよね。でも、この教科書では、この事例を考えたい、そのためにどういうモデルを選べばいいのかという悩みを見てほしいと思いました。

 でも、それはすごく怖いことで、「応用」で書いていると、モデルの細かなところの批判以外に、事例とモデルのつながりを徹底的に批判されることがあります。この教科書を読んでいてそう感じる人もいると思います。逆に、そこに気づくのはすごく大事なことで、じゃあどうするんですかという話を、学生には考えてほしいですね。

 あと、勘違いしてほしくない点があります。たとえば第1章で、駿河湾のサクラエビ漁を説明するのに囚人のジレンマを使って分析をしていますが、それが正しいという保証はどこにもありません。サクラエビの乱獲を防止する「プール制」を囚人のジレンマで説明するのが正解ですよと教科書で言いたいわけではない。もしかしたらプール制でもおかしなことがあるのではないか、そもそもなぜプール制でなければいけなかったのかとか、プール制でも調べれば当然うまくいかないところもあるわけだし、抜け駆けとか秘密裏に漁場に出ることもできるわけだから、それも踏まえて、そのモデルで本当にいいのかという点は読者の方々に考えてほしいです。

 モデルと事例のつながりが本当にこれでいいのかという泥臭いところをしっかり見て考えてほしい。事例を書いては書き直したり、別の事例にしたり、無駄な原稿になったりということが多々ありましたが、読者自身もそういうことを試みてほしいという思いがあります。

森谷:同じ経験を「第7章 戦争が終わるとき」を授業で扱ったときにしました。この章では、開戦後に軍隊の衝突が繰り返されることで、だんだんと自分の国のほうが弱いということがわかったところで紛争が止まるという分析をしています。授業で学生から、「取ってつけたような分析のような気がする」とコメントされたんです。そのときに思ったのがまさに浅古さんがおっしゃったことです。ゲーム理論のフレームワークが示す見方や説明に納得がいかないのなら、なぜ納得がいかないかと突き詰めてほしい。そうすればモデルを明示的につくって、そのモデルのどこがまずいかを考えることにつながってくる。まさに泥臭い部分をいろいろとやってほしいなと思います。

図斎:「活かす」といっても、既存の概念を使って「これが正解ですよ」と示すというよりは、われわれ研究者が本当にこのモデルの立て方でいいのかとか、この均衡の解き方でいいのかということに日々悩んだりする、あるいは叩かれたりする、そういったところを見せられればと思っています。そういうことを意識して書きましたが、そのあたりがプロセスも含めて活かすということなのかもしれません。日頃のわれわれの営み自体が、他の教科書に比べてより反映されていると思います。

浅古泰史・図斎 大・森谷文利

有斐閣 書斎の窓
2023年7月号(No.688) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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