臆面なく築かれた「性の防波堤」戦後の裏面史を暴く

レビュー

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進駐軍向け特殊慰安所RAA

『進駐軍向け特殊慰安所RAA』

著者
村上 勝彦 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784480074638
発売日
2022/03/10
価格
902円(税込)

書籍情報:openBD

臆面なく築かれた「性の防波堤」戦後の裏面史を暴く

[レビュアー] 井上理津子(フリーライター)

 私ごとだが二十年前、大阪の元遊郭・飛田の老経営者から、「進駐軍がジープに乗って飛田全体を一大『慰安所』にできるかと見に来たが、建物が古いという理由ではねられた」と聞いた。慰安所とは占領軍専用の売春施設のこと。ところがその後、飛田のまず一軒を慰安所にすると決定され、改装を始めたものの慰安所制度自体が取りやめになった。「翻弄されたわけですな」とも聞いた。本書を読んで、その二つの伝聞が頭に蘇り、RAAからの流れだったと腑に落ちた。

〈急告 特別女子従業員募集 衣食住及高給支給……〉と、仕事内容を伏せた求人広告が新聞に載ったのは敗戦直後だ。広告主は、政府の肝煎りで組織された特殊慰安施設協会(RAA=レクリエーション&アミューズメント・アソシエーション)。「占領軍から婦女子を守る『性の防波堤』が必要」という論理で、東京に速やかに設けられる占領軍専用の慰安所で働く女性の急募。応じた女性は、押し寄せる米兵ら相手にセックスワークを強いられた。そうしたRAA慰安所で性病が蔓延したことと、米国で報道され非難を浴びたことから、わずか七か月後の一九四六年三月に閉鎖された――。

 RAAをメインに扱った初めての新書だと思う。公記録を含む数多の資料を読み解き、RAAの実相が明らかにされた。同時期に内務省から全国の知事に宛て「占領軍向けの性的な慰安所を速やかに設けよ」と通達され、RAAと同様の慰安所が各地で同期間だけ稼働したとも示される。未遂に終わった飛田のような場も少なくないのだろう。

「性の防波堤」は、中国で日本兵がした蛮行から発想されたとは。「同じことをアメリカにやられたら大変」と、時の東久邇宮総理の頭にあっただろうと警視総監が語る。設立の際に「『昭和のお吉』幾千人かの人柱」との言葉が臆面もなく宣誓されたとは(お吉は、米国初代総領事ハリスに仕えた女性、唐人お吉のこと)。

 いざ運営が始まると、女性は1日に20人以上も相手にしなければならなかった。すぐさま自殺した女性がいたとも。さらには、慰安所が「防波堤」にならず、米兵による強姦などが頻発したと数字で示される。

 あっけなく閉鎖されるとどうなるか。女性の多くは街娼となる。世間から疎まれる。狩り込みに合う。売春防止法の制定で行き場を失う。本書の後半は、RAA閉鎖後の、いわゆる「闇の女」たちの生きた道を俯瞰する。

 戦後の裏面史の痛みを知ることで、現在が少し重層的に見えるようになると思う。

新潮社 週刊新潮
2022年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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