<書評>『自由対談』中村文則 著

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自由対談

『自由対談』

著者
中村 文則 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309030548
発売日
2022/07/26
価格
2,475円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『自由対談』中村文則 著

[レビュアー] 横尾和博(文芸評論家)

◆悪の根源探る文学精神

 デビュー以来、一貫して悪や自意識の問題を突き詰めてきた中村文則。悪は彼が傾倒するドストエフスキーのテーマでもあった。たとえば「神がいなければすべてが許される」との『カラマーゾフの兄弟』のなかの言葉は、常に中村作品を往還する。悪の根源は虚無、とのスヴィドリガイロフやスタヴローギンのモチーフは『罪と罰』や『悪霊』で語られ、中村はそれを現代に置き換えた。

 本書は中村が三十三人の人たちと対談した記録。テーマは文学に限らず映画、音楽、社会問題など多彩である。だが圧巻はやはりドストエフスキーをめぐる亀山郁夫との五本の対談。特に亀山が、中村作品とドストエフスキーの対比に言及している箇所が実証的で興味深い。たとえば『悪と仮面のルール』のなかの心理描写の手法は、『悪霊』のなかの「スタヴローギンの告白」のように、内面には立ち入らず、セリフや外面のディテールの積み上げで、登場人物のニヒリスティックな内面を伝える、との指摘は鋭敏だ。

 そのほか古井由吉との対談で、古井は「町を歩いている人の感情や行為を書くだけで、その国がどういう状況にあるかがわかる」と発言。中村は、文学の言葉で今の時代を記録すると応じる。いまの文学に欠けているものだ。社会の事象に直接反応しなくても、庶民の気分や感情を肌感覚でとらえ、声なき声に耳を傾けること。つまり文学には時代を映し出す通俗性と、人間本質に迫る文学精神がなければならない。エンターテインメント性をもたせながら、哲学を考察する中村は、文学の本質を理解している。

 世界は戦争、テロ、殺人、性暴力、虐待など邪悪に溢(あふ)れ、人の心は自尊心、虚栄心、劣等感、嫉妬や羨望(せんぼう)など小さな悪意で荒れ果てている。「なぜ人を殺してはいけないのか」。かつて高校生が発した問いが波紋を広げたが、その答えは文学のなかにしかない。中村は一貫して不条理に向き合い、悪の虚無を見詰め、寄る辺なき時代の精神の在りかを探る。それは文学の原点だ。本書は一冊まるごと中村文則である。

(河出書房新社・2475円)

1977年生まれ。作家。『土の中の子供』で芥川賞。『教団X』『逃亡者』など多数。

◆もう1冊

中村文則著『掏摸(スリ)』(河出文庫)。英訳され、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが2012年の年間ベスト10小説に選んだ。

中日新聞 東京新聞
2022年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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