『あなたの小説にはたくらみがない』
書籍情報:openBD
<書評>『あなたの小説にはたくらみがない 超実践的創作講座』佐藤誠一郎 著
[レビュアー] 重里徹也(聖徳大教授・文芸評論家)
◆複雑な時代 テーマが最重要
優れた小説とはどういうものなのだろうか。今年から勤務先の女子大で「文芸創作」という科目を新設した。学生たちが懸命に仕上げてくる小説と向き合っていると、ふと、そんな原理的なことを考えてしまう。それは、何のために物語を紡ぐのかという問いに言いかえてもいい。
これは新潮社のベテラン編集者が、小説の書き方のヒントを披露した一冊だ。宮部みゆき、髙村薫、逢坂剛、桐野夏生、安部龍太郎。数々の直木賞作家たちの作品が次々に例示され、現代小説が直面している課題が明らかにされる。新しい書き手に向けて、具体的にわかりやすくアドバイスをしているのが特徴だ。
著者は特にミステリーや歴史時代小説に強い。「新潮ミステリー倶楽部」など三つの叢書(そうしょ)を手がけ、「日本推理サスペンス大賞」をはじめ、五つの新人賞を立ち上げたことでも知られる。勢いこの本は、良質な物語小説(物語を通して、人間の喜怒哀楽や社会・時代のさまざまな模様を描くタイプの小説)の書き方指南になっている。
著者は同僚の編集者の言葉を引用して、小説の五大要素を挙げる。文章、テーマ、物語性、人物造形、同時代性だという。文章は小説のクオリティーの基盤をつくるものだろう。少し前まで、人物造形(キャラ立ち)がきわめて重視された。物語性が読者を引き付けるものであることは議論の余地がないだろう。
そんな中で、著者はテーマが最重要なのではないかと述べている。ビジネス界が「先が読めないことを前提としたマネジメント」に舵(かじ)を切って、いわば哲学が求められる時代に直面しているように、ミステリーや歴史時代小説も、テーマこそが最重視される時代ではないかというのだ。
テーマを探求する場では、文学以外の幅広い知見と深い考察が成果を生む要素の一つになるだろう。文章表現力や個人の感受性だけでとどまっていれば、なかなか魅力的な小説は書けないという指摘に納得した。この複雑な現実をとらえるための切実な提案になっていたからだ。
(新潮新書・858円)
1955年生まれ。編集者。第1回日本赤ペン大賞受賞。新潮社主催の小説講座を担当。
◆もう1冊
髙村薫著『土の記』(上)(下)(新潮社)。佐藤誠一郎は「全体小説」と評する。