『遅刻する食パン少女』
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ベタの先『遅刻する食パン少女 おとぎカンパニー』著者新刊エッセイ 田丸雅智
[レビュアー] 田丸雅智(ショートショート作家)
二次創作をテーマに現代のおとぎ話を書く「おとぎカンパニー」シリーズ。第五弾となる本書では、フィクションにおける「ベタなシチュエーション」を元ネタに据えた。
たとえばひとつが、本書のタイトルにも含んだ「遅刻する食パン少女」。遅刻して食パンをくわえながら走る少女が街角で人とぶつかるというもので、日本人なら誰もが一度は聞いたことのあるベタなシチュエーションではないかと思う。あるいは、飛行機の中で倒れた人を助けるために周囲に「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と呼びかけるというもの。あるいは、サスペンスドラマなどで容疑者が崖の上に立って自供するというもの……。
本書では、そんなベタなネタから想像を膨らませた十作を収録した。
たとえば、食パンに支配されて走りつづけているという謎の少女と恋をするため、街角で待ち伏せする男子たちの話。ことあるごとに「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか?」と耳元でささやかれるようになった医者の話。容疑者から正確な自供をスムーズに引き出す方法を確立するため、崖の自作に乗りだす人たちの話……。
ベタなネタは、ベタになっていく過程でエネルギーをためこんでいく。本書ではそれをぼくなりに活用させてもらったつもりだが、物語としてどこまで飛ぶことができただろうか。
その出来をたしかめていただくためにもぜひ書店に足を運んでいただければうれしく思うのだけれど、そうして棚から本書を見つけだしたとき、あなたは「あった!」とそちらに手を伸ばすだろう。瞬間、誰かの手と触れあって、とっさに「すみません!」と手を引っこめるに違いない。視線の先にはたまたま同じ本を探していた異性がいて、気まずさを抱えながらもしだいに会話がはじまっていく――。
ベタはベタを呼ぶ、ことがあるかもしれない。