<書評>『ジジイの台所(だいどこ)』沢野ひとし 著

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ジジイの台所(だいどこ)

『ジジイの台所(だいどこ)』

著者
沢野, ひとし, 1944-
出版社
集英社 (発売)
ISBN
9784420310994
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『ジジイの台所(だいどこ)』沢野ひとし 著

[レビュアー] 勢古浩爾(エッセイスト)

◆心安らぐ生活の場

 沢野ひとしさんは、『哀愁の町に霧が降るのだ』など椎名誠氏の作品の愛読者にはおなじみの人である。また椎名氏から愛情を込めて、「彼はウスラバカでありながら東ケト会ではもっとも古参の一人であり、長いこと炊事班長の要職に就いている」(『あやしい探検隊北へ』)と書かれているように、若いころから料理は得意だったようである。

 沢野さんは年寄りに積極的に台所に立つことを、すなわち料理することを勧める。「テレビ漬け」になったり、とってつけた趣味をはじめるより、「台所は唯一の足が地についた生活の場であり、安らぎの場でもあり、心のよりどころになる」といっている。あるいは「一汁一菜を目標に清く(略)、とりあえず九十九歳まで歩けて自炊ができれば、生きる自信となる」と断言して、心強い。

 かれがいいところは、むつかしいことをいわないことだ。台所用品はふだん使いのおたまや鍋や包丁でいいといっている。たったひとつ厳しく戒めていることは、目分量や大雑把(ざっぱ)はだめ、「レシピ通りに作りなさい」ということだけだ。

 料理の話ばかりではない。五十三歳で亡くなった母親や、食洗機の研究をしていた父親のこと、また料理を教えてくれレストランに連れていってくれた兄のことが語られる。そしてさらに、不良仲間から「兄貴」と呼ばれていた中学生が、七輪(しちりん)で魚や貝を焼いてくれた思い出が切々と語られる。その心のありようが、本書に深みを与えている。

 沢野さんが、「理想の万能健康食材」として勧めている作り置き料理は「酢ショウガ」である。水洗いしたショウガを皮がついたままスライスか千切りにし、米酢につけるだけ。ぜひこれはやってみようと思う。またタマネギの「鰹(かつお)節とオニオンスライス、薄切りで油炒め」も簡単でうまそうだ。

 ちなみに「ジジイ」は「六十歳前後」からだといっている。ただしこの呼び名は自虐的に自称する場合だけ許される。不用意に他人には使わないように。

(集英社クリエイティブ・1760円)

1944年生まれ。イラストレーター、エッセイスト、絵本作家。『鳥のいる空』など。

◆もう1冊

中野翠著『ほいきた、トシヨリ生活』(文春文庫)。こちらは独自な感性をもった「バアサン」の愉(たの)しい日々を軽妙に描いたエッセー。

中日新聞 東京新聞
2023年1月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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