<書評>『水 本の小説』北村薫 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

水 本の小説

『水 本の小説』

著者
北村 薫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104066162
発売日
2022/11/30
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『水 本の小説』北村薫 著

[レビュアー] 原口真智子(作家)

◆つながり合う過去の物語

 凍える北風の中、家に帰ったらもう外には出たくない。ましてコタツにでも入ろうものなら、二度と動きたくない。そんな冬の夜に読みたい本をご紹介しよう。

 身体はスンとも動きたくなくても、頭の中はまるで春の蝶(ちょう)のように自由自在、向田邦子から遠藤周作、小林秀雄、次々と本の蜜を吸っていく本の小説である。ここには七編が収められているが、物語も作家の話もいわば水のようにつながっている。巡り巡って、思わぬところから再び流れ出るから面白い。

 作品は動かずそこにあるが、読む時、読む者によって色合いを変えることを語るのが、変わったタイトルの「○(まる)」。橋本治から小林信彦と続いていって、<読み>の本質をつかまえて合点がいく。読みというものに正解不正解はなく、読まれる者以上に読む者を語るのである。そこからさらに<○>の話につながっていくのでお楽しみ。

 遠い昔感銘を受けた本の、細部の場面や描写は胸に刻まれているのに、タイトルも作家名も出てこない。思い出せないまま、何年も何十年も経(た)った。そんな経験は、案外誰にでもあるのでは? 「糸」では、その謎を追いかけていく。

 最後の作品「水」では、今は読む人も少なくなった徳田秋声が登場する。著者は金沢の古書店を回り、驚きとともに本と出合う。過去の作家たちや、その結実である本は、本書の作品内を縦横無尽に駆け回り、よく見知った物語を紡いでいって、新しい物語を創(つく)るのである。本の小説という表題の意味は、読んでいけばきっと実感できるだろう。

 全編を通じて、著者の好きな落語が随所に出てくるし、東西文学のかるた遊びも楽しめる。

 作家と本がまさに水のように巡り、あっちにつながりこっちにつながって、その線を辿(たど)ると美しい物語の軌跡を描いている。この世も、思わぬ形でつながっていくものであろう。そう考えると、なんだかノスタルジックな活力が湧いてこないだろうか。

 かくして、月も凍える冬の夜に、頭も心もぽかぽかになることうけあいなのだ。

(新潮社・1925円)

1949年生まれ。作家。2009年『鷺(さぎ)と雪』で直木賞を受賞。

◆もう1冊

北村薫著『雪月花 謎解き私小説』(新潮社)

中日新聞 東京新聞
2023年2月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク