著書『君は君の人生の主役になれ』等で話題の作家・鳥羽和久が愛読 「友だち」という曖昧な関係性を描いた作品3冊

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「友だち」という秘密の扉

[レビュアー] 鳥羽和久(教育者・作家)


教育者・鳥羽和久さん

小学6年生から高校3年生までの学習塾「唐人町寺子屋」や単位制高校「航空高校唐人町」で10代の子どもたちの教育に携わる鳥羽和久さんが、日本を代表する古典名作から2022年に文庫化された近刊まで、「友だち」の本質に迫る3冊を紹介します。

鳥羽和久・評「「友だち」という秘密の扉」

「友だち」という言葉は奇妙なほどに曖昧だ。「彼は私の友だちだよ」と言われたところで、辛うじて判るのは両者が知り合いであることくらいで、具体的な距離感や関係性を知ることはできない。それでも「友だち」という言葉には近さや温かさの感覚がなんとなく織り込まれていて、だから友だちがいないことはいかにも寂しいことだと感じられる。

 町屋良平『1R1分34秒』は「友だち」を探す物語である。プロボクサーの「ぼく」にとって「趣味で映画を撮っている友だち」が「唯一の友だち」で、彼は日ごろのぼくの生活と感情をそのまま記録している。

 ぼくには夢のなかで対戦相手とかならず親友になってしまう習性がある。相手に憑依するようにその輪郭を何度も味わおうとする描写には、友だち以上の関係性を求めるエロティックな欲望を感じさせる。対戦相手のひとり、心くんとは夜のコンビニでふたりいっしょにエロ本を読んで勃起するという生々しい夢を見る。ぼくと友だちの周りにはいつもエロスがほんのりと漂っている。

 友だちと対照的な関係として、コーチ(先生)としてのウメキチが登場するが、ぼくはウメキチに対して欲望のままにタメ口の関係、つまり友だちの関係への移行を促し、しまいにはお互いに自分の弱さをさらけ出すような間柄になる。

 他に友だちや先生との関係性の交錯を描いた作品として真っ先に浮かぶのは、やはり夏目漱石『こころ』である。「私」は「先生」と海辺でお互い裸の姿で出会い、念願叶って先生と関わり合う機会を得た私は「自由と歓喜に充ちた筋肉を動かして海の中で躍り狂った」と肉体で喜びを表現する。先生に「異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」と看破される私は恋をするように先生を慕っていて、先生はそんな彼に「あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、凡てを腹の中にしまって置いて下さい」と手紙を遺して死を選ぶ。先生が死んだのは、かつて裏切った友だちKの死が引き寄せる強い力に抗えなかったからであり、つまり先生はKに憑依するように死んだのである。そして同時に先生は自らに憑依する「私」に秘密を託して死んだのである。

 千葉雅也『デッドライン』では、中国哲学をめぐる対話の中で、「秘密」とは「偶然性によって自己と他者がワンセットになる」ような近さにおいて共有されるものだと語られる。それは文字通り他者に「なる」ことであり、この物語の中では、ゲイの主人公である「僕」が(友人のKに告白して振られた経験を持つ)知子という別の女友達と「ワンセットになる」実験が刻まれている(読者は作中で突如として「僕」と知子の人称が「ひとつになる」ことに気づくはずだ)。

 しかし「僕」が知子に「なる」ことは憑依と少し異なる。別の箇所で、僕は他の誰かに「なる」ことを「彼女になって、彼女自身が自らに挿入してイクような状態」と語るが、相手への憑依と元の自分とが混濁して欲望の器になり、それが自分の肉体を受け入れる。つまり、欲望が自身の身体と一線を越えてしまうのが「僕」なのだ。これは『こころ』において先生がKと(そして「私」と)ホモソーシャルな関係性から抜け出せなかったことと比較すると、ただならぬことである。

 一方、『1R1分34秒』で、自身の身体を持て余したプロボクサーの「ぼく」の支えとなったのは、「友だち」のカメラの記録であり、部屋の日照を妨げる立派な木だった。「木とのあいだで、友情が結ばれていた」ことに気づいたぼくは、木から「ぼくがいまのぼくでないぼくを生きている可能性」を教えられ、そういう別の可能性を生きるパラレルな自分こそが友だちなのだと気づかされる。

『こころ』の先生はKという友だちとの関係をやり損なってしまったために、死線を踏み越えてしまった。そんな先生を救うことができた道がここに二つ示される。一つ目には、今の自分ではない自分を生きた可能性に気づき、パラレルな自分が今の自分を明るく照射していることを感じられたらよかったのだ。そして二つ目には、先生が御嬢さん(=妻)に「なる」ことを通して、虎視眈々とその機をうかがいながら、友だちのKと、そして自らと交わればよかったのである。

※[私の好きな新潮文庫]「友だち」という秘密の扉――鳥羽和久 「波」2023年2月号より

新潮社 波
2023年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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