“働かない”生き方を選択した女性を描いた人気シリーズ「れんげ荘物語」 作者・群ようこが語った作品に込めた思い

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今日はいい天気ですね。 れんげ荘物語

『今日はいい天気ですね。 れんげ荘物語』

著者
群 ようこ [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414364
発売日
2023/01/13
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

群ようこの世界

[文] 角川春樹事務所


群ようこ

 群ようこさんの大人気シリーズ「れんげ荘物語」の最新刊が刊行された。

 第七巻となる本作『今日はいい天気ですね。』では、主人公キョウコを取り巻く人々に転機が訪れ、キョウコもそうした変化を受け入れていく。

 けれども、自分らしい生き方を模索するなかで“働かない”という選択をしたキョウコの淡々と日々を送る姿に変わりはない。

 そのあり様は、現実の社会と照らし合わせてみると今、求められる生き方のヒントにも思えてくる。シリーズに込められた思いなどを改めて伺った。

 ***

シリーズ七冊目で訪れた変化とは

――「れんげ荘物語」シリーズも『今日はいい天気ですね。』で七作目。働かないと決めた主人公キョウコの暮らしが倹しいながらも続いていることに安心しています(笑)。とはいえ、その日常は、周囲の人々によって変化ももたらされていますね。

群ようこ(以下、群) 前作の『おネコさま御一行』は動物多めでした(笑)。思うがままに書いているとネコやイヌの分量がどうしても多くなってしまうので、これが続くとまずいなと。それで今回は人を中心としたお話にしています。

――キョウコの親友であるマユちゃんやれんげ荘のかつての住人コナツさんに大きな転機が訪れます。

群 シリーズもこれだけ続くと、キョウコだけでなく、登場人物それぞれにも同様の年月が流れているわけですよね。その人たちに人生の転換を与えようかなと。相変わらずの日々を送るキョウコですけど、周りの人の変化によって動いてもらって。うちに籠っているばかりではなく、新しい出会いがあってもいいかなと思ったんですね。

――中でもコナツさんの友人はとてもチャーミングで、再登場を期待したくなる存在感でした。一方で、キョウコが溺愛している近所の飼い猫のぶっちゃんとはなかなか会えず。その代わり、地域ネコとの出会いがあり、あのシーンは群さんのネコを見つめる眼差しのようにも感じます。

群 最近は街の中でネコを見かける機会もすっかり減ってしまったなと思っているんです。保護活動などによってきちんと管理されるようになりましたからね。私としては、街の中で好き勝手に動いているほうがネコもいいんじゃないかなという気もしていますが。でも、里親のもとで幸せそうなネコを見ると、やっぱりそういうほうがいいのかなとも思うし。どちらがいいのか、人間が決めることではないのかもしれませんね。

――作品には、そうした何気ない街の景色が描写されていて、キョウコが散歩の途中で目にする木々の芽吹きに季節を感じたり、花の咲く様子を楽しんだりする姿を通して、日常の尊さを感じています。

群 実はね、私自身は花や植物にぜんぜん興味がなかったんですよ。お花をいただいてもすぐ枯らしてしまうので、自分で買うなんてこともしていませんでした。でも、うちの飼い猫が二年前に亡くなり、それから毎日花を飾るようになったんです。花を絶やさない生活を始めてみたら、だんだん興味が出てきて。買ってきたお花についてスマホで調べたり、隣家の木に花が咲くとこの木はなんだろうと思ってやっぱり調べて。変わるものですね。

――お花に興味がなかったというのは、ちょっと意外です。

群 だから知らないことばかりで。今回キョウコが買ってきたチューリップがすごくくねってしまったというのがあるんですけど、あれは私が体験したこと。まさか、あんなにくねって咲くものだとは知りませんでした。

――“メデューサの髪の毛みたい”という部分ですね。群さんが受けたであろう衝撃が伝わってきます。

群 本当にびっくりしちゃったの。四方八方にうねうねしちゃって、あまりにすごいからヘンなチューリップなのかとスマホで調べたら、チューリップとはそういうものと書いてあって。切っても生長するから、そうなるらしいですね。でも実際にあの姿を目の当たりにすると、ちょっと怖いわよ(笑)。

キョウコの生き方に、現代のほうが追いついてきた?

――チューリップを買ってみようと思います(笑)。さて、「れんげ荘」シリーズが始まったのは十四年前の二〇〇九年。当時、おんぼろアパートに住み、月十万円で暮らすというキョウコの生き方はひとつの考え方にすぎず、現実に即したものではなかったと思います。しかし昨今の現状を見ると、リアリティあるものとして捉えることができるのではないでしょうか。

群 「れんげ荘」を書き始めたときは、キョウコのような生き方、考え方というのは世の中から外れていたんですよね。景気もさほど悪くなかったし、女性が生きていくのにも比較的いい環境というか。そういう時代背景の中で、敢えて逆を行くような女性を描いてみようと思って始めたのですが、一周まわって、今の時代にあってしまったのかなって。キョウコの生活は何一つ変わっていないのですが、世の中が変わってしまいましたよね。

――意図せずとも時代を捉えてしまうというのは小説の力だと思います。

群 そういうこと、ありますよね。この「れんげ荘」の前に「シジミの寝床」という短編を書いているんです。半地下に住んでいて、シジミを飼っているという女性が主人公なんですね。バブルの名残りもあったのか景気もまだ良かった頃だったから、そうではない、浮かれてない女の人を書こうと思って。ところが、書き上げてみたら出版社の営業の方が、こんな貧乏くさい本は売れないと。しかも、それを収めた小説集のタイトルを『びんぼう草』にしようとしたものだから、世の中にあまりにも反していると言ってね。編集者の方が頑張ってくれて本にはなったし、営業の方の予想を裏切り売れたんですけど(笑)。

――キョウコもシジミを飼っている女性も時代に左右されず、自分なりの価値基準を持っているという人物像が浮かび上がりますが、それは他の作品にも共通する姿だと思います。

群 逆に言うと、流行に乗っている人の心理というのがわからないんです。流行に乗っている人というのはクローズアップされやすいでしょう。それだけに、外れていると、世の中の隅に追いやられているような気持ちになったり、自分はダメなのかなって思ってしまう人もいるかもしれない。でも、流行に乗っていないからといって卑下する必要はないし、置いていかれると不安がらなくてもいいんだよと。ちょっと見方を変えるだけで、例えばキョウコのようにお風呂のない部屋に住んでいても楽しみ方はあるもの。そういうことを若い人にわかってもらいたいかなと思う部分はありますね。もちろん、すべての人が流行を追っているわけではないし、目的のために暮らし方を選んでいる人もいるわけで、それはそれでいいんです。つまり、自分を信用していいんだっていうことなんじゃないでしょうか。

――そんな自分なりの選択を後押ししてくれるのがこの作品の魅力です。実際、「れんげ荘」を読んでキョウコのように会社を辞めた方もいるそうですね。

群 そうなんですよ。もうほんと、困るんです。責任取れないもの(苦笑)。でもねぇ……、流行りの暮らし方だと言われるようなものを実現できる人というのはごく少数ということなのかも。あまり現実的ではないのかもしれないですね。

群さんが感じる、キョウコの生活への憧れ

――群さんの生活はいかがですか? キョウコ度合とすればどのくらいでしょう?

群 キョウコの生活は私の理想なんです。働かないで暮らしていきたいと若い頃から思っていたんですけど、この年になっても働かなきゃならないというのは一体どういうことなんだと。いいなぁ、キョウコはと思うばかりです。ですから、キョウコには程遠い。欲もありますから。

――確かに、キョウコは多くは望んでいません。本当に欲しいものだけを求めて、今の暮らしがある。華やかともいえる会社員時代からの転身があまりにも潔く、憧れすら感じます。

群 キョウコは欲をやり尽くしたんですよね。働いている時には人並以上にお金も使っていたし。私が素敵だなと思う人って、若い頃や全盛期にある程度の欲を自分なりに満たして、もういいですと納得できているんです。そして、そこからフェイドアウトしていっている。だからといって、ぜんぜん欲がない人にも魅力を感じない。欲ってあって当たり前ですよ。欲があるというのは生きる糧でもあるし、前に進もうということでもあるから。だからこそ、切り替えができるってことがすごいなと思います。

――例えばクマガイさんのように?

群 そう。見本のような存在ですよね。

――チユキさんも若いながら流行を追うとか無関心のようですし。れんげ荘の住民はみな心惹かれる人ばかりです。しかも、世代も個性も異なりながらも繋がり合って暮らしていて、その関係性もいいですね。

群 世代が違っても考えることが同じ人はいるんだよということですよね。みんなこのぼろぼろのアパートが気に入って住んでいます。そして、お互いの足りないところはお金ではないもので、自分にできる範囲で補い合いながら、仲良くやっているわけで。よき人間関係というのかな。ずかずかと踏み込まず、適度な間隔を持って思い合っていければ、うまくいくんじゃないのかなと。そういう風に社会もなれば、老後二千万円なくても生きていけるかもしれないなと私は期待を持っています(笑)。

――ほどよい距離感というのは一読者としても感じていて、キョウコたちはよく知るご近所さんという感覚でずっと見守っていきたい存在です。

群 実際にキョウコがいるみたいに感じてくださる方もいて、親身になって今後の暮らしを心配してくださるんですよ。この先こんな風にしていったらいいのではとアイデアを出してくださったり。有難いですよね。その中にね、ラブが少ないとご指摘くださる方がいて。確かにキョウコくらいの年齢でも恋はできるけれど、この作品では難しいですよね。私も筆が進まないし。だから、ラブはちょっとごめんなさい(笑)。

――レイナちゃんやケイくんの大人になった姿が見たいという個人的な要望もあるのですが……。

群 それには応えられそうです。おかげさまでまだ続きを書かせてもらえるようなので、そろそろその二人にも頑張って出てきてもらわないとなぁと思っているところです。

【著者紹介】
群ようこ(むれ・ようこ)
1954年東京都生まれ。1977年日本大学藝術学部卒業。本の雑誌社入社後、エッセイを書き始め、1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。その後作家として独立。著書に「れんげ荘物語」「パンとスープとネコ日和」「生活」シリーズ、『無印良女』『かもめ食堂』『ミサコ、三十八歳』『びんぼう草』『ほどほど快適生活百科』『じじばばのるつぼ』『還暦着物日記』『咳をしても一人と一匹』『いかがなものか』『きものが着たい』『それなりに生きている』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『子のない夫婦とネコ』など多数。

構成:石井美由貴 写真:島袋智子012 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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