<書評>『書楼弔堂 待宵(しょろうとむらいどう まつよい)』京極夏彦 著

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書楼弔堂 待宵

『書楼弔堂 待宵』

著者
京極 夏彦 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718201
発売日
2023/01/06
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『書楼弔堂 待宵(しょろうとむらいどう まつよい)』京極夏彦 著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆本生かす読み手にささぐ

 灯台のように高い建物の中に、万巻の本。古今東西の書物を取りそろえる書店、「書楼弔堂」をめぐる連作小説シリーズの第三弾である。

 時は明治三十年代後半、坂の途中でひなびた甘酒屋を営む弥蔵は、毎日のように来る夢見がちな若者、利吉だけが話し相手の孤独な老人だ。冬のある日、立派な身なりの男に道を尋ねられ、“何でもそろう本屋”と評判の書楼弔堂に同行する。以来、迷える者たちと本との出会いを、弥蔵は目撃することになる。

 建物の入り口に簾(すだれ)が提げられ、貼られた半紙に「弔」の一字。白衣に浅葱(あさぎ)の袴(はかま)という出(い)で立ちの書店主は、元禅僧という青年だ。<読まれぬ本は死んでおります。ですから此処は書物の墓場――霊廟に御座います。私は本を弔う者>と言い、本を生かしてくれる読み手とわかると、蔵書から売ってくれるのだ。

 約六年ぶりのシリーズ第三弾である本書は、一九〇二(明治三十五)年の真冬から始まる、「史乗」「統御」「滑稽」「幽冥」「予兆」「改良」の六編を収めている。日清戦争と日露戦争の間の時期にあたり、人々は戦後でもあり戦前でもある時代を生きている。明治二十年代、明治三十年代初頭を若者の語りで描いた前二作と異なり、老人を語り手にしているのが本書の特徴だ。佐幕か倒幕かで国が割れ、戦火にまみれた四十年前を知る者は世を去りつつある。陸(おか)蒸気が走り、ガス燈が点(とも)り、「改良」で街が小ぎれいになる中、弥蔵の過去の「罪」と悲しみは消えない。

 <自分が生きて生き恥を晒(さら)しているのだ。ならば同じように爺になっている兵隊も居よう>。幕末〜明治時代の有名人が、続々と登場するのはこのシリーズの読みどころだが、語り手が“正体のわからない主人公”である点も醍醐味(だいごみ)だ。また、身を立てようとあれこれ画策する利吉が愛らしく、弥蔵とのやりとりは落語のようで楽しい。シリアスもありつつ、小説の遊び心が満載で、読み応え十分のシリーズだ。本書もまた、本を生かしてくれる読み手に向けて書かれた一冊なのである。

(集英社・2310円)

1963年生まれ。作家。2022年、『遠(とおくの)巷説(こうせつ)百物語』で吉川英治文学賞。著書多数。

◆もう1冊

岡本綺堂著『綺堂随筆 江戸の思い出』(河出文庫)。『書楼弔堂』に登場する岡本綺堂が江戸期を振り返った随筆集。

中日新聞 東京新聞
2023年3月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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